第799話 負けられない戦い

「おやぁ? 流石のガルムもそろそろバテてきちゃったのかな?」


 努はノースキルノーステータスによる環境変化の検証を夜通し行い、今日くらいはと脳ヒールでオールして朝の走り込みに参加していた。そんな彼は珍しく涼しげな顔で後ろを振り返っている。


「…………」


 そこには努に言葉を返す余裕もなく、何とか走るペースを維持しているガルムがいた。

 走り込みには単純な走力と体力に加え、身体運びとしての器用さも必要だ。つまりAGI、VIT、DEXのステータスが影響するため、それらが半減している者たちは当然普段のようにはいかない。

 完全にステータスが失われているリーレイアは勿論、ダリルやゼノもノースキルノーステータスによる変化の慣らしに切り替えてペースを落としている。そのためステータスの変化が起きた中で食らいついているのはガルムだけであり、コリナは努の心底楽しそうな様子を横目に苦笑いしている。


「もう少し〝ギア〟を上げるか……」
「…………」


 無限の輪最弱の名を欲しいままにしてきた努からすれば、体力面でクランメンバーに勝てるのが余程の愉悦らしい。ねっとりとした台詞を吐きながら努は更にペースを上げ、ガルムを引き離した。


「随分と楽しそうですねぇ?」
「息も絶え絶えの相手に声をかけるのがこんなに気持ち良いとは思わなかったね」
「それは人によると思いますぅ」
「エイミーとか心底楽しそうにいじめてきたからな。せっかくならこの状況で仕返しはしたかったね」


 ある程度引き離したところで、努はコリナと和やかに話しながらペースを少し緩めた。

 昨日は夜通しノースキルノーステータス環境の検証を深め、刻印関連でユニスに投げる指示文も纏まった。

 ただ既にユニークスキル持ちだけはステータスなどが半減していないことは周知されているため、努がダンジョンに潜って無双すると神台を通じていらぬ誤解を受けることになる。そのため神台に映らない低階層での検証しかできず、神のダンジョンに潜っても何かが変化することはなかった。


(今日は他のサブジョブ色々探ってみるか~。薬師のポーションとかで抜け道ないかな)
「それでは、お先に~」


 そう努が考え込んでいる間にコリナは朝食を美味しく食べるため、更にペースを上げて走り去っていった。同じヒーラーのステータスとは思えない彼女を見送る。

 ただそれから数分もしない内に努の後ろから足音が近づいてきた。ガルムである。


「随分と頑張るね」
「…………」
「だけど、根性だけでどうにかなるものじゃない」


 騎士のAGIは白魔導士より高いものの、その差はVITほどではない。半減している今となっては努の方がステータスは数段階上であるため、単純な走力でもって努はガルムを再び引き離した。


「……!?」


 だが今回のガルムはそのペースにぴったりと付いてきていた。そのことに努がギョッとしたのも束の間、ガルムは彼を風除けとして体力を温存する。

 それから努は風除けにされないよう横に動いたり少し無茶をしてペースを上げてみたが、ガルムはそれでも付いてきた。その目はまさに獲物を付け狙う狼そのものであり、既に身体のリミッターを外す限界の境地にも至っていた。


(いや、それにしたっておかしいっ。さっきまでがガルムの全力だったはずっ……!)


 確かに走り込みにおいては根性も重要な要素ではある。そもそも普通の人間は体力が尽きるまで走り込める気力は持ち合わせていない。もう息も大分切れて精神的にも辛くなってくる残り体力三割ほどでギブアップするのが大半である。

 ガルムにはそのストッパーがない。その点で言えば努は明確に負けている。だがそれでも圧倒的なステータス差の前では意味を為さない。小学生が高校生に敵わないようなものだ。

 だが小学生だったはずのガルムが、今は中学生になっているように思えた。何故そんな急成長を果たしたのか。目に見えないそれを努は疲労してきた頭で考え至る。


(コリナぁ!! 願ったな!)


 根性以外の要因があるとすれば、ステータス差が縮まったこと。恐らく先ほど離れたコリナがひっそりとガルムを対象に迅速の願いと守護の願いをかけ、ステータス差を埋めたに違いない。

 それに努が歯噛みする頃には、迷宮都市の外周ゴールが見えてきた。そこには既に走り終えていたコリナが勝負の行く末を見守っていた。


(走り込みで勝てる日なんて今日しかない! 勝つ……勝つっ!!)


 いくらステータス差があるとはいえガルムほど日常的に鍛えていない努は、慣れないペースで走りフォームも乱れたことで余裕はなくなっていた。だがそれでもゴールまでラストスパートを切れる気力は残っていた。


「……!」


 ガルムは既に限界を超えている状態でこそあるが、それを振り絞ってタンクを務めてきた。タンクがヒーラーよりも先にへばるなどもってのほか。タンクとしての矜持、そして努を守る盾としての意地を持って彼と横並びまで追いつく。

 互いの意地がぶつかり合うラストスパート。そんな気迫が伝わってきたコリナも固唾を飲んでどちらが先にゴールするのか見守った。

 そしてコリナの前を二人が走り去る。ほぼ同着にも見えたが、最後の最後に加速した者の足を彼女は確かに捉えていた。


「先にゴールしたのはツトムさんですぅ!」
「はぁ……はぁ……はっ、ははははっ!! 僕の勝ちっ、僕の勝ちだぁぁぁ!!」


 もはや精根尽き果てて地面に倒れ込んでいるガルムに対し、努は汗で濡れた黒髪を払いながら勝利を宣言した。ただコリナは雨濡れの犬みたいなガルムに治癒の願いをかけつつ、彼らの間に入る。


「ただ、ツトムさんは最後にヘイストを使用しましたね? よって失格! ガルムの勝利ですぅ!」


 ただ努はラストスパート時に小さくヘイストを唱え、自身のAGIを上げていた。それを聞き逃さなかったコリナがジャッジを下すと、彼は白けた視線を返した。


「ガルムに願い飛ばしてた奴は黙ってなよ」
「飛ばしてないですよぉ。人聞きが悪いですぅ」
「そのためにあの時わざわざ離れたんだろ? スキルを唱えてるのが聞こえないようにさ」
「いや、それは本当にツトムさんが遅かっただけです」
「ぶりっ子のゴリナがよ」
「あぁーーー!? 言いましたねぇーーー!?」


 走った疲れもあってかそう口走った努を前に、コリナはガルムの介抱を止めて追いかけた。それから遅れて回復スキルが叶って動けるようになった彼は、のそりと起き上がり小走りで二人を追いかけた。

 コメント
  • 匿名 より: 2026/08/04(火) 5:58 PM

    まあ努が今までの走り込みの時に延々とイジられてきたのは間違いないだろうからなぁ。
    そらこんな機会でハツラツとしないのは努じゃないわw

  • 匿名 より: 2026/08/04(火) 9:34 PM

    ガルムのこういうとこ好き

  • 匿名 より: 2026/08/04(火) 11:22 PM

    かわいいなこいつらw
    学生時代のじゃれ合いを思い出すわ

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 10:04 AM

    弱いものイジメをして何になる?
    ただ優越感を得られて楽しいだけだ!

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 10:47 AM

    更新感謝ー!
    ガルム惜しかったねーwゴリナがよぉwwやってんねぇwww楽しかった!!

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 11:04 AM

    更新ありがとうございます。
    過去一熱血では、このツトム

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 11:08 AM

    ここで腰を落ち着かせる気になったせいか、ツトムこういうみみっちぃ真似をする様になったね。

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 12:15 PM

    何とも…何もない回…
    無くても良い回
    この内容なら文量があと5倍くらいあっても良かったのに
    と、思った

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 3:25 PM

    努の性格の悪さに思うところはあるにせよ、コリナもなかなか意地が悪いw

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 4:08 PM

    日常回好き

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 5:24 PM

    ゴリナで怒るならこの世界にもゴリラって居るんかな?或いは翻訳パワーでいい感じに意図だけ翻訳されて筋肉質な生物の名前でイジられたことだけ伝わってるのかな

  • 匿名 より: 2026/08/05(水) 11:31 PM

    軽口言い合える仲っていいよな
    んでゴリラはどうなんだろう
    現実のゲームであるライブダンジョンを再現した神のダンジョンがあるんだから
    描写が無いだけでダンジョン内にゴリラのモンスターとかいてもおかしくなさそうではあるけど
    敵でゴリラが出てくるゲームもあるしな

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 4:17 AM

    ついにゴリナ面と向かって言いやがったwww

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 6:42 AM

    この後滅茶滅茶分からされたな..

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 8:40 AM

    シャア!謀ったな!

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 11:48 AM

    カンフガルーとかいるし、ブタゴリナみたいなのもいそうだよ」

  • ダンジョンマニア より: 2026/08/06(木) 1:36 PM

    更新乙です。

    ステータス低下中で決して良い状況とは言えないけど、こういうやり取りができるチームは強いって思います(⁠*⁠´⁠ω⁠`⁠*⁠)

    最後のデッドヒートのところはニヤニヤして見てしまった(笑)

    次回も楽しみにしております。

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 3:51 PM

    これノースキルノーステータス実は精神に掛けるレベルキャップみたいな感じって振り?

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 5:42 PM

    更新感謝!
    日常回の軽快なやり取り最高です。ツトムのねっちょりネットミームも最高にウザくていいですね。
    ゴリナいじりはスリリングで楽しいのでもっと見たくもある。

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 7:08 PM

    この状況でマウント取るの流石ツトムだなーとか思ってたら本人を前にゴリナ呼び!?怒り任せとはいえ、ガルムと違ってステータスそのままなのにすごい度胸だ…

  • 匿名 より: 2026/08/06(木) 10:57 PM

    ん??ゴリナは本当に願いかけてなくて、ノーノー解除の
    抜け道が見つかるきっかけになるって事もありえるのか?

  • 匿名 より: 2026/08/07(金) 11:42 PM

    エイミーにもアンチテーゼを黙ったまま対人戦を挑んで勝とうとした男だぞ、遠慮なんでするかw
    しかしコリナが手助けしたとしても、ガルムは大部分を根性でツトムに食らいつけてたんだから、ステータス差は絶対ではないってことか
    バフも効くのならノーノーを受けた時の状態でステータス固定されて動かせないわけでもない。ステータスは抜け道はありそうだがスキルのほうがなー

  • 匿名 より: 2026/08/08(土) 10:28 PM

    狂戦士ムーの目覚めかな?笑

  • 匿名 より: 2026/08/09(日) 1:52 AM

    ん?
    これ、コリナの願いじゃないとしたら、ノーステノースキが少し解放されてるんじゃね?
    ステータス拘束系とでも言えばいいのか
    限界振り絞ればそれを自力で押しのけられるんじゃね??

  • 匿名 より: 2026/08/09(日) 9:04 PM

    強い想いは神にも通づるってやつか
    使い古されたチープすぎる展開だし普通に通づらないと思うけどな
    もしほんとに通づれてたとしてもツトムはがっつり冷笑界隈だからなかなかきずかなさそう

  • 匿名 より: 2026/08/10(月) 5:13 AM

    仲良し!細かい恨みをしっかりおぼえてて機会が巡ればしっかりやり返そうとする努らしさほんと好き。コリナともお互いすっかり打ち解けて仲間とのじゃれ合いって感じのこういう雰囲気いいなー。

  • 匿名 より: 2026/08/10(月) 12:13 PM

    この世界にもゴリラはいるのかな?

  • 匿名 より: 2026/08/10(月) 8:44 PM

    「願ったな!コリナ!」の方がいいかなと思ったけどさすがにあざといなw

  • 匿名 より: 2026/08/12(水) 5:26 PM

    ツトムがガルムに持久走で勝てるなら、この世界で体を鍛える意味ほとんどないのでは?ツトムも最初来た時みたいなもやしっ子って訳じゃないにせよ、鍛えた年数全然違うだろうに

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