第800話 酷い師匠っすよねー?
「ぜっ……ぜっ……」
あれからコリナに散々追いかけ回され、回復スキルを唱えようとする度に手で口を塞がれていた努は結局虫の息にさせられていた。無限の輪最弱を思いのままにしてきたのは伊達ではない。
「ご飯ご飯♪」
そんな努に肩を貸してクランハウスへと帰還したコリナは、ようやく先ほどの発言を許したのか彼を解放した。
「…………」
廃墟に捨てられた敗者の服みたいになっている努にリーレイアは近づき、無言で介抱を始める。ただタオルで汗を拭く最中でもクリティカル判定である首元に時折視線を落としたり、身体にバリアがかかっていない箇所を確認はしていた。
「なんか……手つきおかしくない?」
「……気のせいですよ」
その暗殺者じみた手つきに違和感を覚えた努の問いかけに、リーレイアはタオルで彼の頭をわしゃわしゃとして誤魔化した。すると朝からクランハウスの外にまで出てきていたディニエルがため息をつく。
「ツトム、リーレイアをあまり刺激しないで」
「メディック。なに、それ?」
「ステータスの喪失は探索者にとって致命的。普段、大きい態度を取っていた人にとっては特に」
「…………」
「今朝もスキルが使えない使えないってうるさかった」
ディニエルの言葉を聞いた努が改めてリーレイアを見ると、彼女はビクっと身体を硬直させた。そして怯えを多分に含んだ媚びへつらった笑顔を浮かべ始める。
「こりゃ重症みたいだね」
「自分の強さをいいことに好き放題してたんだし、手を出されるのは自業自得。だけど出すならエイミーにして」
「出しません」
「エイミーも帝都潜ってたからステータスは無効化されてるはず」
「おばあちゃん、手を出す前提で話進めるのやめてもらえる?」
「模擬戦が希望?」
途端に射抜きの視線を向けてくるディニエルに対して努は手をひらひらと振り、メディックによって呼吸を落ち着け立ち上がる。
「後で仕返しくらうかもしれない状況でいじめる気も起きないよ」
「殊勝な心掛け、でもない」
「そういえばアーミラ、夜に様子見に行ったんだけど何故か出てきてくれなかったんだよね。午前中なら流石に大丈夫かな?」
「龍化、戻ってるといいね、現状においてユニークスキル持ちは貴重。それに龍化結びをすればステータスとかも戻るっぽいし」
「それは本当にそう」
そうこうディニエルと話しながら、給仕のように付いてくるリーレイアに対して努は微妙な視線を送る。しかしそれもまた怖がらせる要因になったのか、その笑顔が何処かぎこちない。
リビングには既にクランメンバーたちが集まっていた。ステータスの低下により普段よりも早めに朝練を終えたダリルは、朝食を心待ちにしながら食器の配膳をしている。ハンナも既に朝の瞑想は終えたのかソファーでぐでーんと溶けていた。ただその背中の翼は依然として枯れたままだ。
ゼノはまだ幼い子供たちの世話を手伝っているのか、リビングにはまだいなかった。ディニエルは欠伸を噛み殺しながらハンナの隣に座り、見たこともない鳥人の翼を観察し始める。
「……なんっすか」
「その辺の鳥人なら病んでいてもおかしくない有様。呑気でいられるのもある種の才能」
「まー、じいちゃんから無茶したらこうなりそうって事前に忠告はされてたっすからね」
鳥人にとって翼は人間にとっての髪にも等しい。ただハンナはそうなることを見越して全力を出し切っており、尚且つ翼にあまり頓着のない性格もあり病むまではいかなかった。
「それなのに神華から認められることもなく、師匠からは身勝手な自爆だと思われてる。可哀想にね」
「ねー? 仲間のためにこんな姿になっちゃったのに、師匠は認めてくれないっす。酷い師匠っすよねー?」
脇に挟んで前に抱いている枯れ翼にそう語りかけながら時折視線を向けてくるハンナと、努は目を合わせないようにしながら二階へと上がっていく。そこにも付いてくる緑の竜人が一人。
「汗流してくるから、付いてこないでもらえる?」
「お背中、お流ししましょうか」
「……そういえばサラマンダーは?」
「精霊契約は今朝に解除しました。もしかしたら自分も契約できるようになっていると思って。まぁ、出来なかったのですが」
「そうなんだ。じゃあ次は誰がお望み?」
やたらと媚びてくるのは精霊契約をしてもらうためかと得心がいった努はそう提案したが、彼女は首を横に振った。
「気を紛らわせることは出来ますが、やはり自分が契約している精霊でなければ虚しいだけです。ふとした時にツトムを探しているサラマンダーを無理に肩へ乗せていても可哀想なので」
「なるほどね。ならノームと壺でも作ってるといいよ。作品作りの助手としてならノームも喜ぶでしょ」
「……そうですかね。でも何だか、穀潰しにでもなっているような気分で落ち着かないんです」
「僕も穀潰しを養う気はないけど、別にステータスがなくたってやれることはいくらでもあるでしょ。そんなに心配ならオーリに何か仕事がないか聞いてみれば?」
「……わかりました」
そんな役割を振られて多少は気が紛れたのか、リーレイアは廊下を早足で歩き階段を降りて行った。
それから努がランニングの汗やら、蒸れ蒸れのコリナに担がれたことによる臭いをシャワーで洗い流して髪を乾かした後。ゴールで置いてけぼりにされていたガルムも汗を流しに二階の風呂場へとやってきた。
「僕の勝ちっ。何で負けたか明日までに考えておいてね?」
「ステータス差」
すれ違い様に煽ってみたものの目をくれることもなくそう言ったガルムは、風呂場の扉をぴしゃりと閉めた。それに対し努は効いてる効いてるwと内心独り言ちながらリビングに戻り、大騒ぎで食卓に乱入していたゼノの子供たちに目を丸くした。
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