第801話 一生擦ってきそう
ゼノ家の長女であるフィロは三歳を過ぎ、言葉を覚えてきて喜怒哀楽をうっすら表現できるようになっていた。弟のゼインは一歳になったばかりであり、妻のピコが付きっきりで面倒を見ている。
「…………」
フィロは努がこの世界にいなかった間に何度か無限の輪のクランハウスを訪れているものの、家とは勝手が違うからか緊張して黙りこくっていた。そんな彼女の緊張を解くためにゼノとピコは気を回しているが、その効果はまだ見られない。
「こりな、きた!」
「フィロちゃん、よく来たねぇ?」
そんなフィロの緊張をほぐしたのはピコの難産を支えたコリナだった。その後も安産祈願を行い保母的な位置にいた彼女だけはフィロも顔を覚えており、すぐにコリナの膝の上へと飛び乗った。
「ゼインも大きくなったものだな」
「一歳ですかー、まだ赤ちゃんっぽいですね?」
無限の輪で活動を続けていたガルムは慣れた様子でゼインを抱き上げ、ダリルは微笑ましい顔でその頬を指でつついている。それにハンナも目一杯背伸びしてその様子を見ようとしていた。
(気まずくて)
努もクランハウスでフィロとは鉢合わせたり、ピコに家まで招待されたこともあるので顔見知りにはなっている。ただ努の人生で身近な人の子供と対面したのは初めてであったため、対応には慣れず今でもおっかなびっくりとはしていた。
リーレイアは先ほどの件もあってか見習いのマリベルと共に配膳の用意を進めており、努と同じく席を動かないのはディニエルくらいだった。そんな彼女は寝ぼけ目で努を見やる。
「赤ん坊に耐性がなさそう」
「まぁ、今までの人生であまり見る機会はなかったね」
「人間なら十代でいてもおかしくないけど」
「こっちとあっちじゃ文化も違うからね。僕と同学年の人たちで子持ちはほぼいなかったよ」
「まるでエルフみたい。短命のくせに」
「短命言うな。……そういえばエルフは子供に甘いんじゃなかった? なら赤子もそうじゃないの?」
以前にエルフの逸話を聞かされていた努がそう尋ねると、ディニエルは遠い目になった。
「赤子の愛嬌は感じる。でもエルフからすれば種の未来を背負っている存在ということが大事。自分の子か、エルフの赤子でも見ない限り心底愛おしいとは思わなそう」
「ディニエルはまだエルフの赤子見たことないの?」
「大人になってからはない。子供の時に里帰り出産してくるエルフは何人かいたけど、その時はまだ実感がなかった」
(里帰り出産が言葉通りなんてことあるんだ)
人生の半分を森の里で過ごすエルフならではの言葉に努が感心している最中、ディニエルは半目になった。
「エイミーがいればツトムに子供が何人欲しいとか語ってそう」
「そうかもね」
「寿命で死ぬのは構わないから、せめて子供は数世代残してほしいところ」
「それはもうおばあちゃんの小言としか言いようがないね」
ただ確かにディニエルの言う通り、もしこの場にエイミーがいたら同じようなことを言ってきそうだと努は思った。もうこの世界に骨を埋める気持ちは固まった今となっては男冥利に尽きるのかもしれないが、そろそろ26歳となる努の感覚からすればちょっと早くないかといったところだ。
そしてゼノの子供たちがいるおかげか少し騒がしくも明るくなった食卓で朝食を食べた努は、昨日決まった方針に基づいて組分けを行った。
まだ治安が怪しい現状、クランハウスに戦力は残しておきたい。そのためクランハウスの防衛組と、ダンジョンで神威と接触するための糸口を探る探索組に分かれることとなる。
「コリナはどっちでもいいから、その日に合わせてよろしく」
「了解です」
「……なんか口調がキビキビしてるね?」
「あぁ言えばこう言いますね? またきゃりーしてあげましょうかぁ?」
「遠慮しとくよ」
ユニークスキル持ちで対人戦もこなせるコリナは、機械階層を探索できる唯一の存在でもある。まさしくジョーカー的な立ち位置であり、その時々のバランスを見て配置するのがいいだろう。
「ハンナとリーレイアは防衛組でよろしく」
「わかりました」
「えぇー!? あたしはまだまだ戦えるっすけど!」
「鳥人たちから無駄なひんしゅくを買いたくないんだよ。一先ずその翼には包帯でも巻いといてくれ」
「嫌っす! 暑苦しいったらないっすよ!」
ステータスとスキルを完全に失っているリーレイアと、翼の羽根が抜け落ち魔流の拳が使えないハンナは防衛組から動かせない。昨日の夜オールした際に努はゼノ工房にいる鳥人たちに話を聞いてみたが、羽根の抜けたハンナを表で働かせるのは推奨されなかった。
有り体にいえば坊主頭の女性を働きに出すのと同じようなものらしく、それをさせているオーナーは鳥人から奇異の目で見られることは確実だそうだ。そのためハンナを神台に映せば努は血も涙もない極悪非道と見なされるらしい。
「師匠は元々性根が腐ってるから大丈夫っす!」
「やかましい。自分の全力試すために独りよがりな自爆しやがってよ」
「ひ、酷いっす~。あたしは師匠のために羽根が抜け落ちるのも覚悟で魔流の拳を使ったのに、あんまりっすよ~」
「それと、ゼノも治安が落ち着くまでは家族と一緒にいるといいよ。クランハウスでもいいし、自宅でも構わないから」
「ありがとう。そうさせてもらえると助かるよ」
これ見よがしに枯れた翼をふりふりするハンナを横目に、努はゼノも防衛組とした。少なくともノースキルノーステータス下が続く間は、家族の安全に注視させた方が彼にとってはいいだろう。
そのためハンナ、リーレイア、ゼノは防衛組で確定とし、その他は日によってローテーションする形となる。それが決まり愚図ってきたゼインをピコが別室であやしにいった間に、コリナが努に尋ねた。
「ツトムさんもステータスとかは失っていないですし、私と同じ感じになりますかね? ただ、あまり堂々とスキルは使えなさそうですが」
逆に努はユニークスキル持ちでないにも関わらずステータスを失っていない特異的な立ち位置のため、神台に映る可能性が大きい階層で大手を振って立ち回ることはできない。ただ神威から何かを託されたことは間違いないため、探索組として動き回らなくてはならない。
「そうだね。スキルとか精神力を自分で調整すれば神台に映ってもバレないから、まぁ大丈夫でしょ。僕を通じて神威が反応するかもしれないから、階層は一通り回りたいし」
「あー、そこら辺は器用にできそうですもんねぇ……」
「だろうな」
「何でガルムが自慢げなんですかぁ……?」
何故かしたり顔のガルムにコリナは思わずそう突っ込みつつも、今日は防衛組としてクランハウスに残ることとなった。そのため残る四人の努、ガルム、ダリル、ディニエルが探索組となった。
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