第805話 いつぞやのアレ
110階層はオイルアトラクションを高評価でのクリアかつ、努とダリルが刻印油でぬるぬるになったことによる特殊勝利の形で突破することができた。
ただ111階層から始まる装備階層は、刻印装備こそ有用に使えるものの単純にモンスターとのステータス差がある。それに111階層から113階層は海の中での探索となるため、水着刻印も作り直す必要があるだろう。
「一旦深海用の刻印は準備するから、それまでは待機かな。僕は孤高階層に潜ってくるよ」
ギルドに帰還した努が食堂で今後の探索について話していると、ディニエルがふと思い出したようにマジックバッグを漁り水色の水着を取り出した。
「刻印はこれでよろしく」
「随分と準備がいいね?」
「エイミーが勝手に選んでたやつ。買ったまま底に眠ってたのを思い出したから」
そんなディニエルの言葉にガルムは口を引き結び、物珍しげな顔をしていたダリルも視線を逸らした。努も呆気には取られたものの、気を取り直した顔で言葉を返す。
「そうなんだ。じゃあユニスに刻印させておくよ」
「別にツトムでいい。新品だし」
「嫌だよ、気まずいし」
「エイミーが帰ってきたら自慢する。ツトムに刻印してもらったって。だからやって」
「あぁ、そう」
これはある種の約束。それもあって引き下がらなさそうなディニエルを前に、努は渋々その水着を受け取りマジックバッグに仕舞った。それから四人の間で沈黙が続く中、努は周囲のざわつきを眺めていた。
神華がノースキルノーステータスを迷宮都市全土に放ったのは、スタンピード後の午後過ぎだった。障壁魔法で捕らえられている神華の使徒であるロイドが扱うそれは、24時間で効果が切れると既に供述されている。
ただ神華のそれがロイドと等しいわけもなく、効果がいつまで続くかは未知数とされている。だがそれでも探索者たちは一縷の希望を持ってその時が過ぎるのを待っていた。
そんな周囲のざわめきに犬耳を立てていたガルムは嫌そうに息を吐く。
「本当に24時間で解除されるのならば楽でいいのだがな」
「こういう時は最悪の状況を想定しておいた方がいい。下手に希望を持てば、余計に絶望することになる」
「ですね……」
ガルムたちも内心では早く戻ってくることを願ってはしまっているが、実際に神華と対面しその神にも匹敵する力を目の当たりにしている。そんな存在がかけたノースキルノーステータスがそう簡単に解けないであろうことは理解していた。
ノースキルノーステータスがかけられた時間は14時14分。まだ昼時である今からそれを今か今かと待っていてもしょうがないので、努たちは食堂の定食を食べ終わると受付に並びPT契約を解除した。
「ガルムたちは水着のサイズ一応測るから更衣室で。ディニエルは帰っていいよ」
「了解」
ディニエルはそう返してきたものの、何かエイミーを奪還する手掛かりはないかと神台が見られるベンチへと向かっていく。そんな彼女を横目に努たちは男子更衣室へと向かった。
ギルド第二支部と比べれば設備自体は古い木造であるものの、清掃が行き届いているおかげかあまり不潔感はない。
「この三タイプでLとLLがあるから、どっちが合うかよろしく」
マジックバッグから取り出したいくつかの海パンやアクセサリーを纏めて二人に差し出した努は、着替えが終わるまで外で待った。するとガルムはすぐに着替えを済ませて仕切りを開けた。
「これのLLで頼む」
「うん、大丈夫そう。腕輪も問題ない?」
「あぁ」
トランクス型の海パンにスパッツを合わせたガルムは、上裸のまま腕を振って問題ないことを示す。そして海パンの穴から飛び出す形となっている尻尾の部分もゆさゆさと振り、問題ないことを確認していた。
190cmを越える身長のデカさは目を引くのか、他の探索者たちもガルムの方をちらほらと見ていた。努から見ても美術品のような造形美を感じさせるその肉体には思わず感心の声が漏れる。
「鎧とか着てると意外にわからないもんだけど、いい身体してるね」
「うむ。ステータスがない今だからこそ、日々の鍛錬で培った身体にもありがたみが湧くな」
筋肉は裏切らなかったことに一安心といった様子のガルムは、しゃっと仕切りを閉めて装備を着こみ始めた。そんな中、ダリルが着替えている様子がないので努は仕切りを揺らす。
「ダリル、早く着替えてくれる?」
すると仕切りを開けたダリルは、上半身裸でズボンを履いたまま恨めし気な顔で努を見下ろした。
「ツトムさん……着替えさせる気ないですよねこれ?」
そう言ったダリルが手に持っていたのは、努がいつぞやにハンナから貰った際どいブーメランパンツだった。ご丁寧にLとLLまである。
「悪いね、在庫がそれしかなくて……」
「そんなわけないですよね!? しかもこれ犬人用の尻尾入れもありませんし! こんなの着たら半ケツですよ半ケツ!」
「悪いね、在庫がそれしかなくて……」
「じゃあ自分で買いますよ! もう!」
「えー。刻印のし甲斐がないなぁ」
その童顔には似合わぬ筋肉の厚みがあるダリルがぷりぷり怒っている様に、努は何だかなぁといった顔のまま追加の水着を投げ入れてしゃっと仕切りを閉めた。それにダリルはぶつくさ言いながらようやく着替え始めた。
そしてガルムが身支度を終えて出てきた頃に、ダリルも水着やアクセサリーを付け終えて出てきた。
ガルムと同じくトランクス型にスパッツを組み合わせた形で、アクセサリーは犬耳に挟む形の付けピアスである。ガルムよりも身長こそ低いが筋肉の厚みはあり、自然と注目していた同業者からも、おー、と声が上がった。
何故か注目の的になっていたダリルはそのことに顔を赤らめながらも、ぶすっとした顔で告げた。
「……問題ないです」
「それじゃそれで。あとでユニスに刻印させておくよ」
「ツトムさんがやるんじゃないんですか?」
「何で野郎の水着を僕が刻印しなきゃならないんだよ」
「ディニエルさんの水着に夢中ですか。へー、そうなんですねー」
「刻印油引っ掛けてやろうか?」
「やめてくださいよっ」
市場でデカいハムでも見つけたかのように腕を握っていた努の手を払ったダリルは、すぐに仕切りを閉めるとまたぶつくさ言いながら着替え始めた。
「僕くらいならぶら下がれそうな腕してたね」
「確かにそうかもしれんが、ブルーノがいるとどうしても麻痺するな」
「あぁ、確かに丸太みたいだもんねあれは……」
「……何か遠ざかってません? ねぇー!」
そう話しながら着替えの遅いダリルを置いてけぼりにした二人は、その後入り口で彼が出てくるのを待った。
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