第810話 お風呂界隈

「あんたから杖を貰えるのはやぶさかではないけどねぇ……?」


 アルマはそう独り言ちながら、また黒杖みたいな代物ではないのかと怪しげに機械仕掛けの杖を受け取った。

 機械階層でドロップしたラチェットロッドの外観はスケルトンになっているため、幾多もの歯車が噛み合い回っている内部構造がよく見える。それを邪魔しないよう刻印は上下に集中させており、通りすがりの男性探索者がついつい眺めてしまう魅力が詰まっていた。


「ノースキルノーステータス下でも通用する刻印を付けたから、多少は火力上がるようになってるよ。かなり特殊な刻印ではあるけど、デメリットないみたいだから試してみて」


 昨日ユニスから仕入れた情報通り、今回は捨身と静身という刻印を積んでいる。捨身はAGI、LUKが二段階下がる代わりにSTR二段階上昇。静身はAGI、DEXを二段階落とす代わりにMNDが二段階上昇するものだ。

 そのどちらもメリットは強力だが、探索者の身体感覚自体が変わってしまうAGI減少のデメリットが致命的なので滅多に見ない刻印である。ただ現状ではそのデメリットが皆無であるため、積めば積むだけいいぶっ壊れだ。

 そんな努の新装備の説明をキラキラとした目で聞いているのは、アルマではなくハンナだった。自分も新しい装備を貰う気満々であろう彼女に対し、努は牽制の目を向ける。


「今回はガルムとアルマだけだぞ? 二人はステータス変わってないんだし、将軍系の刻印も変わってないし」
「……!?」


 その無慈悲な宣告を前にハンナは言葉を失った後、翼帯で包まれた翼を前に引き寄せて撫でる。


「……酷い師匠っすよねー?」
「それやめろ。次やったら本当に家で安静にしてもらうからな?」
「それは嫌っす!! 退屈で死にそうっすよ!」


 ギルドに来る道中ですら通りすがりの鳥人からあのハンナ連れ出すのマジか……みたいな視線を向けられていたことを努は察していた。その上で彼女に被害者面をされたら自分が極悪非道に捉えられても不思議ではない。


「これで師匠があわあわするなら安いもんなんっすけどねー」
「鳥人としての倫理観、どうなってるんですかぁ……?」
「うむ、せめて外では止めておけ」
「ういーっす」


 そんなコリナたちの様子を見ていたアルマは少し気分良さげになりつつ、唇を尖らせて誤魔化した。


「ふーん。ならありがたく使わせてもらうけど……これって杖も少し特殊よね?」
「時計回りの歯車で充填された精神力を、反時計回りにして引き出すくらいだしそこまで特殊でもないよ。慣れてきたら杖を自分で回して早回ししてもいいけど、オーバーヒートしたらしばらく使い物にならなくなるから気を付けてくれ」


 時計回りに回せば精神力の充填が始まり、反時計回りに回すとそれを解放しつつスキルの一撃目に倍率が乗り威力が上がる。だがそのどちらも回しすぎればオーバーヒートして機能停止するため、基本的には自分で回さなければ運用自体は簡単である。

 そんなラチェットロッドの仕様を努から詳しく聞いたアルマは、面倒臭げに鼻を鳴らす。


「黒魔導士にはマジックロッドないのよ? ま、仮にあったとしても半分は消えてるから使えたかは怪しいけれど」
「ぶんぶん振り回せばいいんじゃない? 乙女らしく」
「新人探索者じゃあるまいし、杖の扱いくらい慣れてるわよ。それともやんっ! やんっ! って可愛らしく振った方がいいかしら?」


 裏声を出しながら両手で杖を胸の前に抱えて振ってみせたアルマを前に、努はコメントしづらそうに返す。


「……可愛らしい仕草がなんか古臭くない?」
「あんたリリアーナ知らないの? アイドル探索者の中じゃ有名な方だと思うけど」
「あぁ、アイドルの真似なのね。悪いね、ネタがわからなくって」
「アイドル探索者の神台なんて見てなさそうだものねーあんたは。流行に乗りなさいよ流行に」


 そうこう話しながらPT契約の列に並んでいる最中、コリナがふと気になったのかアルマに尋ねる。


「そういえばアルマさんはステータス半分で済んでるんですね? 帝都に行ってた人は結構失ってる感じでしたけど」
「帝都のダンジョンに潜ってたってのが条件っぽいからねー。私は一回も潜ったことないから」
「あぁー……。色々と大変そうでしたもんね?」
「そうそう」


 紅魔団が帝都に行った際はミナとアルドレットクロウの確執もあり、ダンジョンに潜っている暇がない者もいた。かくいうアルマもミナの護衛として付きっ切りだったことが幸いして、ノースキルノーステータスは半減で済んでいた。


「それに帝都のダンジョン、転移陣とか帰還の黒門すらないのよ? その分ダンジョン内は人の手が入ってるとは聞いたけど、私からすれば粗食ばかりでお風呂も入れず探索するなんて御免だったからね」
「あぁ……そういうことか」


 ただアルマが本当にミナのために護衛なんてするものかと怪訝に思っていた努は、彼女の言い分を聞いてすっきりした顔つきになった。そんな彼に対しアルマは機械仕掛けの杖で魔女帽子のつばを上げた。


「何よ、文句でもある?」
「いや? 毎日風呂に入れないなんて冗談じゃない、って意見は珍しく合ったなってだけだよ」
「あら、男のくせに毎日入浴してるのはいい心掛けだけど……コリナ、本当なの? 私と意見を合わせたくて嘘ついてたりしないこいつ?」
「無限の輪は毎日お風呂推奨ですぅ」
「一番風呂を取られると少し不機嫌になるくらいだぞ?」
「ふーん、そうなんだ? やるじゃない」


 そう言って流し目をくれてくるアルマに努はしっしと手を払い、PT契約を済ませて百階層へと転移した。

 コメント
  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 3:45 AM

    ツトムの知ってるアイドル探索者はハンマーで相手を挽肉にするタイプの女子だからなぁ…

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 4:59 AM

    街の柱が他にも残ってくれてたのは良き
    お風呂キャンセルキャンセル界隈いいぞー!

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 8:41 AM

    エイミーが開拓したのは、歌って踊れて戦える系アイドル。やんやんやってるのは、歌うけどフリフリ手を動かすだけでほぼ突っ立ってるキャリーされ系アイドル(日本なら昭和から平成初期くらい?のアイドル)かな。そりゃ、ツトムは眼中にないだろなっていう

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 9:34 AM

    ハンナは羽を包んでたらフライが上手く制御出来ないんじゃない?爛れ古龍大丈夫か?

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 10:06 AM

    アルマわからせ期待

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 10:38 AM

    更新感謝!v!
    日本人として風呂キャンじゃない努でたすかる。家から出ないなら風呂キャンでも良い。悪臭と汚染を撒き散らさなければ…大家には全力で謝れとは思う。

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 12:15 PM

    全力ゴリナの全力グッドモーニングスター会心の一撃で終わるんじゃね?

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 12:35 PM

    更新助かる

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 1:22 PM

    お風呂なんか入らないでペットボトルで用足すのが廃人だと思ってた。

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 2:22 PM

    ツトムなら風呂キャンやボトラーしてたときがあったけど
    パフォーマンスか落ちたから辞めた。とかありそう。

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 3:16 PM

    退屈で死にそうなハンナかわいいすき

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 4:35 PM

    更新ありがとうございます!
    ラチェットロッド外観格好良さそうだなーとわくわく⋯⋯絵で見たいー!

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 6:53 PM

    アルマ、お風呂につられて無限の輪に加入

  • 匿名 より: 2026/09/25(金) 11:39 PM

    810話やりますねぇ

  • 匿名 より: 2026/09/26(土) 1:24 AM

    一番風呂じゃないと不機嫌とか
    汚すハン…じゃなくて汚すダリ…でもなくて、汚すヤツいるッスかね?
    あ、尻尾系はどうやっても毛は抜けるのかもね

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