第506話 150階層観戦:ギルド

 

「ぜってぇ俺の方が強ぇのに……」


 女王部屋がもう間近であろう三つのPTの激戦。その中でも異彩を放つPT構成の中で最も活躍していた槌士の姿に、アーミラは貧乏ゆすりしながら歯噛みしていた。

 あの程度のアタッカーですらあそこまで活躍させられるのなら、何故努は自分に声を掛けてくれなかったのか。いっそのこと変に機会など窺わずに自分から戻っておけば、あそこに映っていたのは自分だったのではないか。

 そんな苛立ち具合とギルド長の娘ということもあってか、非常に混雑している食堂の席でも彼女の隣だけは空いていた。


「隣、いいだろうか」
「あ? ……別に、いいけどよ」
「悪いな」


 そんな不機嫌丸出しの彼女に臆することなく声を掛けて許可を得たガルムは、仏頂面のまま尻尾をふりふりしている。


(……俺に用があったんじゃなくて、ガチで席目当てかよ)


 しかしそれから特にこちらへ話を振るわけでもなく野菜スティックをつまみながら二番台を視聴し始めたガルムに、アーミラはがっくりしながらも神台に目を向けた。


「無限の輪の構成、ありっちゃありかもな。呪い部屋スキップで運が良ければ戦闘数も減るし」
「でも呪い部屋一つだろ? 普通のPTじゃ無理だろあれ。真似できんのか?」
「古参組ありきの構成じゃね。真似るにしても事前に慣れない構成で合わせなきゃいけないし、無難にアルドレとかの構成でいいと思うけど」


 隣の席で熱心に神台を見ている中堅探索者PTの声を流し聞きしつつ、アーミラはユニスが映る二番台を眺める。


 終盤の巣部屋には今まで出てきた蟻系モンスターの他に、自爆特攻してくる赤蟻レッドアントや異様な頑丈さを持つ鎧蟻アーマーアントも出てくるため、そこでいよいよ無限の輪は脱落するかに思えた。


「七色の杖 ホーリーレイ」
「双波斬、ブースト」
「エアブレイド、レイズ。バリア、フライ」


 だが赤蟻の爆発などでハンナやクロアのいずれかが死んだとしても、努とエイミーがアタッカーとしてその穴埋めをし、ユニスが崩れたPTの態勢を立て直していた。

 探索者としてベテランであるエイミーの一人でも前線を張って時間を稼げる対応力の広さ。そんな彼女を遠距離からカバーする時の努には、アタッカーとしての好機を逃す場面がなかった。

 特に進化ジョブの精神力回復を利用した立ち回りは神台から見ても凄まじい。努は火力を出し切った後に進化ジョブを解除し、僅かに残している精神力でなけなしのヒールを飛ばして進化条件の回復量を満たす。


「あれでMND精神力 A+なわけなくない?」
「刻印装備の違いもあるとは思うけどな。精神力の消費減退とか、他にも色々つけてそう」


 それから再び進化ジョブに切り替えて精神力を全快させ、高密度の火力を叩き出す姿は同じ白魔導士から見ても異様なようだった。それこそヘイトさえ気にしなければ無限にスキルを飛ばせる勢いで、努に狙いをつける兵隊蟻も多い。

 そんな彼が稼いだ時間の間に攻撃と回復を併せ持つユニスの支えによって蘇生されたクロアとハンナは、異様な爆発力を発揮してヘイトを取り返す。

 前衛的すぎるPT構成で誰かが死ねばすぐにでも崩れそうだが、そんな五人の活躍あってか終盤でも中々崩れない。ひやりとする場面こそあるが古参組のファインプレーによって挽回され、安定化されていく。


「……あれさ。女王部屋って、どうなんだ?」


 そしてアルドレットクロウや金色の調べよりも先に女王部屋まで辿り着いた努たちPTを見て、アーミラはクリームたっぷりの菓子パンを食べようとしていたガルムに話を振った。


「初見殺しがあるとはいえ、努たちのPT構成にとってはむしろ楽になる。女王蟻は時間稼ぎが主な目的だからな」
「ふーん」


 女王部屋では呪蟻や赤蟻が出現せず女王蟻を全力で守るようなモンスターばかりのため、攻めを重視したPT構成の方がむしろやりやすい。その分終盤の巣部屋をどう攻略するのかが鍵だったが、もう越えてしまっている。


「確かにあの槌士も悪くない働きをしているが、アーミラでも問題あるまい。そう気を落とすな」
「……別に。まだ無限の輪に戻るって決まってるわけじゃねぇし」
「そうか」


 早く菓子パンを食べたかったのかすぐ会話を切り上げたガルムに、アーミラは不貞腐れたように顎へ手をつきながら女王部屋に入った二番台を見守った。そして彼が数ある菓子パンを全て平らげたところで疑問を投げかける。


「この先あの編成が主流になったらどうすんだ?」
「そのために私も進化ジョブに手をつけてはいるが、あれは150階層限定の作戦のようにも見える。アーミラならばあの槌士に成り代わるだけでも通用しそうだが」
「……結局ツトム限定の構成じゃねぇか?」
「ユニスの活躍も大きい。もう他の弟子たちとも遜色ないだろう」


 誰かが死んだ際にのみ発揮される努のアタッカーぶりを他の探索者たちは評価しているようだが、ヒーラーを兼任しながらそれを下支えできる彼女の力もこのPTには欠かせない。何せあの努がヒーラーを任せるほどだ。


「あの調子ならまた200階層の初突破もいけるんじゃねぇか?」
「刻印装備の完成がもう少し早ければ、スタンピード遠征組が帰ってくるまでに最前線まで行ける可能性もあったやもしれんな。早馬を走らせて呼び戻していなければこのまま160階層攻略も有り得た」
「蘇生できねぇってやつも、刻印装備で何とかなりそうだしな」
「そこまで見据えているだろうな、ツトムは」


 努が供給した刻印装備による中堅探索者の躍進は大手クランにとっては奴隷が革命を起こしたようなものなので、その知らせは遠征組にも早馬で届き今頃急かされるように帰還を促されているだろう。

 それをいち早く体験させられたガルムとしても身内がどのような反応をするのが待ち遠しいのか、饒舌に語りながら軽い笑みを浮かべている。


「でもよ。あいつが200階層にまで辿り着いたらまた抜けちまうかもしれねぇとか思わねぇのか?」
「……本人に聞いたらどうだ?」
「あいつがおいそれと本音を話すとは思えねぇ」
「私にもわからん」
「ガルムにだけは本音話してそうなもんだけどな」


 そんなアーミラの物言いにガルムはじろりと目を向けた。


「ツトムの残した手紙の文脈を見れば、誰にも話さないまま出ていこうとしたのはわかるだろう。ダリルにも話したが、ツトムは誰も頼ろうとしていなかった」
「どうだかな。でもまたあっさり出ていかれるのも癪だし……それこそババァと結婚でもしてくれりゃ楽なんだけどな。自分の妻とガキを置いて逃げる真似はできねぇだろうし」


 突拍子もないその話題に乗るのは避けたいと思ったのか、ガルムは我関せずと言わんばかりに神台を見ている。


「いっそのこと俺が夜這いでもかけてみるか? ババァはそれで仕込んだみてぇだし」
「…………」
「実際、何かしらのしがらみは欲しいだろ? いつ消えてもいいような関わりしか持たねぇあの感じは、前と変わらねぇぜ」


 ガルムに目で制されたアーミラは悪びれる様子も見せず、余っていた野菜スティックを煙草代わりにつまんだ。その後は野菜をバリバリと食べる音だけ響かせながら、二人は二番台に映る女王蟻戦に少しばかり集中した。


「てか、オーリってもう結婚する気ねぇのかな?」
「知らん。直接聞いてみろ」
「じゃあガルムはどうなんだよ。さぞかしモテる癖に、浮いた話聞かねぇじゃねぇか」


 それから二人はたまに雑談を挟みつつも、無限の輪のPTが150階層を突破するまで神台を視聴し続けた。

 そして気球船のように巨大な腹を捩じ切り外し、決死の覚悟で臨んでいた女王蟻をエイミーが足止めし、クロアが仕留めた。途端に机の上にある食器が震えるほどの熱気と歓声に包まれる中、ガルムはトレーを持って席を立った。


「あれで解散するとはいえ、いつまでも空席があるとは思わないことだ」
「わぁーってるよ。ギルド員も飽きてきたところだ」
「準備を怠るなよ。……歓迎は、するからな」


 そう言い残して立ち去っていったガルムをポカンとした顔で見送ったアーミラは、その後我に返ったかのように席を立った。

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