第531話 三者面談

 

 翌日。どの新聞の朝刊にも大小あれど、蟲化により人の域から逸脱したミナの姿は載っていた。中でもアルドレットクロウの息がかかっている新聞社では、モンスターと見分けがつかないほど誇張して描かれその存在を問題提起されていた。


「この絵のモンスター、深淵階層にいても不思議じゃないわね」


 その新聞を見て黒い瞳をぐらつかせていたミナに追い打ちでもかけるように、アルマはそんな感想を口にした。


「…………」
「何? その目。あんたが望んだことでしょ? 良かったじゃない。大きな力が証明できて」
「……うる、さい」
「でもこれで力を持て余してるのもバレちゃったわねー。ユニークスキルって言っても最近は派生スキルありきだし、全力であれじゃハンナの方が断然強いわ」
「その口ぶり、誰かに影響でもされてそうね」
「…………」


 盛大に皮肉っていたところにセシリアから水を差されたアルマは、じろりと目だけ動かして睨む。それをにっこりとした笑顔で受け止めた彼女はささっとヴァイスに任せるように手を向けた。

 それを受けた彼も心なしか責めるような目でセシリアを幾ばくか見つめたものの、ミナと視線を合わせるように片膝をつく。


「……今回の手段は良い結果を生まなかったな」
「……アルマなんかに、ぐちぐち言われたく、ない」
「なら、他の手段にも目を向けることだ。どれだけ大きな力を持っていようと、一人で思いつく手段には限りがある」
「うん……」


 蟲化を最大限使い160階層を突破することで己の価値を証明するミナの手段は、十中八九上手くいかないということは紅魔団の誰もが予感していたことだ。

 だがなまじ武力による脅しで自分の地位を確立してしまった彼女は、たとえ言葉で無理やり諭したとしてもいずれはその手段に頼ってしまいかねない。なので今回はミナに痛手を負わせることになるとしてもこの手段を決行し余計な手出しはしないことを、紅魔団のメンバーは約束していた。


「それじゃ、どうすればいいのか考えようか。一緒に」
「その前にごめんなさいが先じゃない? 糞餓鬼の分際で歯向かってすみませんでした、くらいは言ってもらわないと腹の虫が収まらないわね」
「ごめんなさい」
「あら? 今日はやけに素直じゃない。よしよししてあげましょうか?」
「……あっちで話そ」


 さぁ来なさいと言わんばかりに手を広げたアルマを一瞥したミナは、セシリアの手を引いて部屋を出ようと促した。まだ小さな手に引っ張られた彼女は苦笑いしながら従い、タンクの男性は一つため息をついた後に付いて行った。


「…………」
「何よ」
「……嫌われ役だと自覚しているだろうに、少し傷ついているようで驚いた」
「別に。名前を呼んだ飼い犬がこっちに来なかったのと同じようなものよ。面倒役のセシリアに尻尾振っちゃって気楽なものね」
「……そんな風にミナをかまえる者もそうそういない」


 今でこそミナの母親と言われても不思議には思われないほどの距離感であるセシリアも、ヴァイスが連れてきた当初はそうもいかなかった。

 過去に例を見ない被害が出た迷宮都市のスタンピードで唯一の肉親である母を失ったミナは、当時十の歳にも満たなかった。その後身寄りのなくなった彼女は巡り巡ってオルビス教に保護されたものの結果としてはモンスターの寄生実験に利用され、奇しくも適合してしまい教義の遂行に加担させられた。

 その弊害で蟲化というユニークスキルを手に入れるほどの化け物じみた力を持ち、アルドレットクロウとの諍いの種でもある存在。そんな彼女の扱いが腫れ物にでも触るようなものになるのは仕方のないことだ。


「みんなが特別扱いしすぎなのよ。あんなの虫の皮を被ったただの餓鬼じゃない」


 そんな悲惨な運命とそれに伴う力を持った彼女にずけずけと物を言い、蟲化によるタンクを初めに提案したのは他でもないアルマだ。気遣いの欠片もない彼女の言葉にミナも初めは呆気に取られていたものの、数日も経てばそれに順応し始めた。

 ヴァイスとてそんなアルマに少しだけ期待してミナを連れてきた思惑こそありはした。元々紅魔団で尊敬を通り越して神格化されていたヴァイスがただの寡黙な人に戻れたのも、切っ掛けは彼女だったからだ。

 だがまさか目の前で蚊を潰して手の平を見せるような物言いをするとは思わなかったし、それが切っ掛けでミナがここまで周りとも打ち解けられるとは想定していなかった。


「……自分を化け物だと思っている者が雑な扱いをされて心が軽くなるのは、俺も知っていた」


 神のダンジョンが出現する前から高難度の迷宮を次々と単独踏破していたヴァイスも、当時はその実績による尊敬と同時に周囲からの畏怖も大きかった。

 何せ彼は外の迷宮でどんな即死級のトラップにかかろうが、モンスターに頭を食い千切られて咀嚼されようが死ななかった。全身を針で貫かれようが首無しになろうが白炎が舞い上がり指定の場所に復活できるため、どうやったら死ねるのかがわからないほどだった。

 ただ神のダンジョン内ではクリティカル判定で死んだ場合は白炎こそ出るが死亡判定となるため、むしろ弱体化されている節すらある。元々ヴァイスは自分と同じように死なない仲間を求めて神のダンジョンに赴いたが、同時にここが唯一まともに死ねる場所だった。


「何が化け物よ。今じゃ一発芸にしか役に立ってないようなものじゃない」


 そんなヴァイスの完全とも思える不死による化け物ぶりも、迷宮都市に来てからは薄れ始めていた。今となっては時折アルマにその黒い長髪をがっつり切られては炎と共に再生していく様を見せる芸で、たまに観衆を驚かせるくらいだ。切られた髪は灰となるのでたまにファングッズとして売り出している。


「……そうだな」
「何でそこはかとなく嬉しそうなのよ。気持ち悪いわね」
「……明日からは呪寄での攻略に切り替わるだろう。ツトムとの交渉もその調子でお願いしたいものだ」
「無理でしょ。あいつが同情で呪寄渡してくれると思う?」
「……この状況下では無理かもしれないが、一度話してみる価値はある」


 あのスタンピードが起きた際に母のもげた首を持って周囲に蘇生を懇願していたミナから、努がしばらく視線を離さなかったのをヴァイスは見ていた。それにオルビス教との一件があった後にミナの処遇について処刑や追放の意見が多数だった時も、彼はあくまで中立を維持していた。


「じゃああんたが直接話しなさいよ」
「……アルマの方が、いいんじゃないか」
「あいつ器が小さいから駄目よ。女の我儘一つも聞けないなんて男じゃないわ」
「……その論理は我儘を言う方が通せる主張ではないな」


 その返し言葉にアルマは納得したように頷くとマジックバッグに手を入れた。


「じゃああんたが話せばいいでしょうが!! 陰気臭いその髪切れば少しは話しかけやすくなるんじゃないかしら!? 私と髪型被ってるのよ!!」
「…………」


 その後ヴァイスは彼女に後ろ髪をバッサリと切られ、灰となったそれを投げつけられる羽目になった。

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