第441話 エイミーファンのクロア
(やっぱり見た目によらず普通の人じゃないじゃん! 前々からわかっていたつもりではあったけど、いざ実際にここまでやられるとは怖いよ!!)
完全には持ち上がらない黄土色の垂れ耳をぱたぱたと動かしながら、努の臨時PTに入る予定であるクロアは引き攣ったように口端をひくひくとさせながら朝刊を読んでいた。彼女は複数の新聞社を購読しているのだが、それら全てに探索者を陰から支えている生産職を軽視する努という時代遅れの人物はいかがなものか、といったバッシング記事が載っていた。
以前までも生産職は探索者たちの活躍を支えていたといっても過言ではない。だがサブジョブという概念が生まれてからは刻印によって、スキルと同じような力を装備品に付与できるようになったためその影響力を大きくしている。
特に数多くの探索者を抱えているアルドレットクロウはその分職人たちも多く在籍していて、今では最高峰の工房であることに間違いない。そんな工房にいる職人たちから怒りを買うような言動と行動をしてしまった努は、そこから波及して他の様々な職人からも良い印象は持たれなかった。
それにこの一件は生産職だけの問題ではない。鍛冶師だけとってもそこと関わりのある業種は多い。鍛冶に必要な鉄を始めとした様々な素材やダンジョン産の装備、魔石、刻印油を卸す卸売業者や、その素材から作られた商品を使用する消費者も包丁を扱う料理人から建設での鉄工など幅広い。
他にも裁縫士、刻印士、薬師など生産職は無数に存在して、そこと関わる業者も枝別れているようで繋がっている。そういった生産職と密接に関りのある者たちも、努の実力よりもレベル至上主義に近い発言と、素人が片手間に生産職の真似事をすることを快くは思っていない。
それに実績があるとはいえ三年前に引退している探索者が昔の価値観のまま生産職を軽視する言葉を口にして、ここまで追求されて謝罪の一言もなく平然と探索をしている態度も火に油を注ぐことになった原因になった。
更に努のことをそこまで知らない新規の探索者や、前々からそこまで気に食わないと思っていた者たちもこの騒動に便乗していた。そのため今でもその炎上は留まることを知らず、むしろ更に勢いを増して燃え広がっている。最近ではランダムに映し出される小さな神台に努が映るまで張り付き、まだ雑な刻印をしていることやハンナからほぼ介護されている状態ということを暴き立てて馬鹿にする記者なども現れ始めたほどだ。
(まぁ、私からすれば話題が逸れてくれて助かりはしたんだけどさ~。このままじゃ火傷どころじゃなくてクロアまで丸焦げになっちゃうよ!)
そんな努の大炎上が巻き起こる数日前には、クロアもまたアイドル界隈で火傷はしていた。
エイミーが引退した後に設立されたアイドルグループの一人として、クロアは成功した部類に入る。PTごとアイドルにするといった方針は確かに一つの成功例となり、その古参だった彼女は目立つ位置にいることは間違いない。
だが、このままではアイドルPTごと沈むとクロアは予感していた。確かに彼女は古参の部類で人気もあったが、既に土台を安定させているような最古参ではない。そして存在するだけでキャーキャー言われるようなアイドルとしての器もない。
アイドルの割には戦える、といったことが自分の武器であることをクロアは理解していたので、百番台の中に入り安定した神台を確保して周囲との差別化を図ることで活躍してきた。だが今のPTではそれも限界に来ていることが嫌でもわかる。
最前線間近の階層はこのPTではとても攻略できないし、半年もすれば百番台の内に入るアイドルPTはいくつも現れるだろう。そんな中で抜きん出るような実力も個性もない。年齢だって二十を超えてアイドルグループの中では大人の部類になった。このままアイドルとしての王道を突き進むことは不可能だ。
だからこそクロアはファンと一人一人交流したり、他の探索者に教えを乞うようなドブ板営業もこなし始めた。だが他のメンバーは口を揃えて、そんなアイドルとしての格を落とすようなことは止めてくれと言う始末だった。
昔のハングリー精神など既に消え失せ、有りもしない安定を夢想しているメンバーの将来の見通しがあまりにもズレていることに内心で呆れたクロアは、いつ脱退するかを考えながらアイドルとしての活動自体はつつがなく続けていた。
そして人気を維持しつつも目に見えた停滞を感じ始めていた時、あの努が突如として復帰して臨時PTメンバーを募集したことが話題になった。
努のことは元々エイミーファンであったクロアも勿論知っていた。初めはソリット社騒動を鵜呑みにしていたためゴリゴリの努アンチ派で、しばらくはそのままだった。しかしソリット社の謝罪後にも神台を見続けるうちにその認識も次第に変わってきて、最後にはセンス頼りだったエイミーを探索者として上手く導いた優秀なプロデューサーとして見ていた。
そんな努が臨時PTを募集していたとのことだったので、クロアはすぐにアイドルグループを脱退することを申し出た。しかしアイドルグループもおいそれと脱退させてくれるわけもなく、結果としてはかなりの痛手を負いながら彼女はPTから外れることとなった。
そしてすぐさま鞍替えするように努の臨時PT募集に参加したことで、彼女は炎上していた。謝罪会見もアイドルグループからの圧力で事前に用意された台本を読み上げるしかなかったので観衆からは枕営業だなんだと色々好き放題言われ、クロアは精神的に堪えたがそれでも努からの申し入れを辞退はしなかった。
この男が探索者としてエイミーを成長させたことは間違いないし、実際に会ってみて自分の考えを話してみても周囲の感情論とは違う正当な意見として評価してくれた。だからこそエイミーのように探索者として得られるものは多いだろうと考え、クロアは臨時PT契約を結んだ。
だが、そんな最中に自分の炎上が煙のくすぶりにすら見えるほどの大炎上を努はしていた。それも自分のように謝罪して鎮火しようともせず火に油を注ぐような行動ばかりで、日に日にその勢いは増している。クロアからすれば数日後に入居する予定だった優良物件が、突然大火事に見舞われて今も尚燃え盛っているかのような心境だった。
(うーん! まぁいっそのこと炎上コンビとして認知されればいいかな! それにあっちの方が勢い大きいし、ここで恩を売ればいい塩梅の位置は取れそうだし! ハンナに寄生してるって言われてるけど、実際は嘘かもしれないし!)
そんなこともあってか半ばやけくそな気分もありつつ、計算も込み込みでクロアは身支度を済ませて家を出た。そして無限の輪のクランハウスへと向けて無理やりスキップするように向かっていった。
――▽▽――
「ほ、本当に刻印ばっかりしてるんですねー?」
「それに関しては前に話した通りだよ」
「片手間っちゃ片手間ですけど、想像しているのとは大分違いましたよ。もっとこう……ハンナさんと駄弁りながら適当にやっているものかと」
百九階層の探索をしながら僅かな隙間時間の間にもマジックバッグから衣服を取り出しては刻印している努に、クロアは驚きながら彼の肩越しにその様子を見ていた。そんな彼女の隣でうんと背伸びしながら同じく肩越しに刻印の様子を見ていたハンナは、疲れたように息をついて離れる。
「そんなわけないじゃないっすか。師匠、刻印ばっかで全然話してくれないっすよ?」
「ハンナはクロアが来てから大分うるさくなったよね。あ、もしうざかったら後でいない時に言ってくれても構わないからね」
「…………」
「いや、ハンナさん。大丈夫ですよ。クロアとしては嬉しいですから」
「はい師匠の負けー! べぇー! クロアとあたしはもう仲良しっすからー!!」
「初日で仲良しとか言って距離感も弁えずに絡んでくる先輩がいたら、僕は嫌だけどね」
「まぁ確かに、ハンナさんだから許されてるっていうのはありそうですけど」
黄土色に少し金がかっている大きな尻尾を迷うように振りながら、クロアは苦笑い気味に答える。確かにハンナは年齢の割に身長も中身も子供っぽいからこそ、相手が同性であればいきなり親し気にされてもそこまで違和感はないのかもしれない。
「あ、あそこに待ち伏せてるので潰してきますねー」
そんな会話の途中で垂れた犬耳からモンスターの気配を感じたのか、クロアは自前のマジックバッグからその見た目にはそぐわぬ大槌を片手で取り出して岩陰の方へと走っていった。
(アイドルで槌士ってあんまり神台映えは良くないよな。だからこそ実力派なんだろうけど)
クロアのアイドル事情にまでは詳しくないが探索者としての彼女に関しては調べていた努は、遠くからでも聞こえる轟音と衝撃と共に岩陰から飛び散るモンスターの残骸から目を背ける。モンスターの死体は光の粒子でいずれ消えるにせよ、生物が鈍器で潰される様は見ていて気持ちの良いものではない。
(今ではゴリナといっても差し支えない人もそうだけど、鈍器で殺すって妙に生々しくて嫌なんだよな。味方として強いからいいけど、絶対敵には回したくない。悪夢に出てきそう)
無害そうな顔なのに血塗れのモーニングスターを手にしているサイコパスのようなコリナを幻視しながら、努は音が止んで光の粒子が出た後に岩陰に向かう。
するとクロアは大槌に付着した血をピッピッと振って弾いた後、神の眼に向けて片手を突き上げていた。そんなファンサービスをしている彼女を傍目に、まっさらな地面へポツンと残っていた刻印油を回収する。
(刻印階層の探索は手慣れたものだし、かなりの下積みをしてるって情報は間違いなさそうだな。実力も神台で見たところ上の下まではある。探索者としては中の上から下ばっかりなあのアイドルグループの中では頭一つ抜けてるのは間違いないな)
アイドルという職業柄か見た目は細く見えるが、ハンナ曰く着痩せしているだけでそこらの探索者よりよっぽど鍛えてはいるようだ。それに槌士のジョブ特性によって重量軽減などがなされているものの、鉄の塊を振り回していることに変わりはない。これでよくゴリナになっていないものである。
(ただ、スキルの使い方が微妙だよなー。あとは精神力の使い方とか、昔のエイミーそのものだし。戦闘力は高いのにスキルの使い方が下手くその典型的なパターンだな)
クロアはアタッカーとして何か明確な弱点があるわけではないのだが、特段長所も見受けられない。それならば欠点もありつつ長所もあるアタッカーの方が努としては好みである。
(槌士の進化ジョブはタンク系みたいだし、ハンナとスイッチ出来るのは強みではあるけどあんまり向いてない気はするしな。アイドルのタンクでまともな人見たことないし、クロアもそれは変わらなそう。本人もアタッカーとして成り上がりたい感じだったし)
そんなクロアがハンナと魔流の拳について話しているのを眺めながら、努は半ば無意識に出来るようになってきた刻印をこなしながら彼女の運用について考察を続けた。
ヒーラーの件といい、鍛治の件といい、この世界の人達は努が居なかったら全く成長しなさそうだな。