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「クビ……っすか?」
「うん、護衛はクビ。クランメンバーとしては引き続きよろしく」


 単純な力量では下であるドーレン工房の職人にレベルマウントを取って焚き付けるところまではよかったものの、思わぬハンナの輩ムーブのせいでオルファンの二軍PTとの明確な確執も出来てしまったことはあまりよろしくない。この調子では無用な敵を延々と作りかねないため、努は護衛としてのハンナを首にした。


「護衛費用を削減した時に限って盗賊に襲われる、なんて話は商人たちからよく聞きましたが、貴方はその典型ですね。質の悪い傭兵に護衛を頼めば問題の一つや二つ起きるのは想像できるでしょうに」
「ハンナはいつも僕の予想の斜め上を行くからね。まさかあんなに喧嘩を吹っ掛けるとは思わなかったんだよ。……魔流の拳を対人でも試したかったのかな?」
「師匠に似てきただけではないですか?」


 こういった類の皮肉こそたっぷりと言われたものの、リーレイアは急遽であるにもかかわらず護衛を引き受けてはくれた。


「それなら三年前から変わってるはずでしょ。むしろここ三年で変わったと思うんだけど、何か心当たりでも?」
「さぁ、どうでしょうね。あのメルチョーから直々に厳しく鍛えられたのですから、その時に歪んでしまったのでは?」


 そんな彼女は以前に増して氷柱のように鋭く冷めた視線を屋台の影に向けた。その先には見覚えのある青い翼がひょっこり隠れきれず見えている。


「師匠が馬鹿にされたことを許せず力を振るう弟子。素晴らしい師弟愛ではありませんか。そもそも、その師匠があまりに情けないことが原因では?」
「結構良いペースで百十階層攻略したと思うんだけどね」
「それも九割がたハンナとクロアの手柄だと報じられていましたが?」
「進化ジョブの白魔導士として最低限の仕事はしたよ。そもそも足手纏い入りの三人PTであっさり攻略できるなら、もっと攻略されてるでしょ」
「信じられませんね。なにせ私は神台を見ていませんので。……そういえば、そんな私たちを薄情者扱いしていた迷宮マニアもいましたね。私たちはクランリーダーの意向を尊重して断腸の思いでダンジョンに潜っていたというのに、酷い言い草だとは思いませんか?」


 業務用の笑顔と泣き顔を切り貼りしながらそう嘆くリーレイアに、努は微妙な顔をしたまま尋ねる。


「……それ、記事にはなってないよね?」
「えぇ。ギルドで小耳に挟んだ程度ですが」
「それならクランリーダーの意向は表向きにも伝えておいた方がよさそうだね」
「そうして下さると助かります。不愉快ですので」


 そう言い捨てたリーレイアはすんといつものような真顔に戻った。それからしばらく彼女との会話もないまま神台を巡り、努は明日から潜る百十一階層――装備階層と呼ばれているダンジョンの下見をして必要になりそうなものの確認と攻略法について再考していた。

 百二十階層まで続く装備階層は、刻印階層で培った技術を発揮して下さいと言わんばかりの場所である。PTメンバーや技術よりも装備による対策が必須のモンスターがほとんどで、階層主も現場での刻印が出来ることが前提に作られているように見えた。


(刻印階層からの装備階層の流れで需要が高まって生産職のレベルは自然と上がっただろうし、実際中古の装備も僕が刻印しなくてもいいくらいには出揃ってる。そこまでいけば運営の意図通りレベルの成長も実感できて生産職もレベル万々歳になりそうなもんだけど、実際は最高で五十レベル止まり。流石の神運営もこれには困惑ってところだろうな)


 神台市場を見回っても装備階層の対策装備は大量に作られていた形跡があり、そのため価格もリーズナブルなものが多い。ここまで作っていれば大抵の生産職は30レベルほどまでは自然と上がっているだろうし、その中でも階層に組み込まれるくらいには優遇されている刻印なら40までいってもおかしくはない。それなのになぜ百六十階層まできて50レベル止まりなのか。

 一般的な職人たちがレベル上げを止めてしまったのは、迷宮都市の中で最も大口であるアルドレットクロウからの圧力を避けるためだろう。だがアルドレットクロウがわざわざ圧力をかけてまで生産職のレベル上げを抑圧する理由がいまいちわからない。

 昔ながらな職人の長い経歴による既得権益、突然設けられたレベル制に対する不満、周囲のレベルを制限することでアルドレットクロウの職人たちを常に最高レベルにして利益を独占する。理由は一つだけではないにせよ、それでもここまでするかというのが努の正直な感想だ。そもそもアルドレットクロウほどの大手クランならわざわざ制限しなくともトップを維持できそうなもので、実際一番台も取っている。


(もしかしたら、僕には想像もできない事情があるのかもしれないな。今やバーベンベルク家より迷宮都市で存在感あるし)


 ただでさえ大きいアルドレットクロウはその取引先から探索者以外の雇用者まで含めると、もはや迷宮都市になくてはならない存在にまで格上げされている。そんな大きさだからこそ守らなければならないものも多くある。だから自分には想像もできない崇高な考えを以て、生産職のレベルを統制しているのかもしれない。


(まぁ、僕の知ったことじゃないけど)


 だがどんな崇高な理由があろうとも努は刻印のレベルを上げることを止められない。そもそも百一階層から百二十階層まで見るに、刻印は明らかに運営から優遇されている要素の一つだ。それに『ライブダンジョン!』の廃人だった努が手を付けないわけがない。


「……本当に何処でも刻印はするのですね。貴方の行動もハンナと同様に、生産職へ喧嘩を売っているようにしか思えませんが」
「別に生産職自体は怖くないからね。生産職に雇われる高レベルの探索者が怖いだけで、それはリーレイアに任せるし」
「とはいえわざわざ睡眠時間まで削って夜中にギルドでも刻印していると聞き及んでいますし、問題が起こる可能性のある場所でする必要はないのでは? それに、そもそも睡眠時間を削ることも推奨しません」
「それはごもっともな意見だし賛成もするけど、僕が寝てる間に誰かが刻印してレベル上げてると思うとどうしても目が覚めちゃうんだよね。だから無理してやってるわけでもないし、むしろ楽しいというか……」


 努からすれば刻印は『ライブダンジョン!』でいうところの実装したばかりの新要素のようなものなので、自然と眠りすら浅くなってしまい目が冴えてしまう。その代わりにちょっとした空き時間に仮眠して補填してはいるので、多少の眠気はあれどそれで探索のパフォーマンスまで落とすようなことはしていない。

 ただ、今はとにかく刻印のレベルを上げることが楽しくて仕方がない。神の意図すら外れている迷宮都市の環境をハックしているような高揚感があり、眠気などすっ飛ぶ。今もこうして刻印をしている瞬間に優越感すらあり、周囲からの厳しい目線すら一種のスパイスになっている。

 ただ会話中にスマホでも弄られているかのような不快感が滲み始めたリーレイアを見て、努は慌てて刻印する手を止めて装備をしまい彼女と目を合わせた。


「確かに刻印する時と場所は選ぶべきだとは思うよ。例えば皆で集まってる朝食中とかは出来るだけやらないようにしてるし、暇だったとはいえ探索中にずーっとやるのも駄目だったなってことはハンナから学んだよ。ちょっと悪いことしちゃったし、明日にでも謝らないと」


 刻印階層ではダンジョン内でなら無限に使える刻印油を前に脳汁が溢れていたので、努は効率に取り憑かれて狂ったように刻印をしていた。ただそれは友人が隣にいる手前で会話もせずにスマホゲームばかりしているようなもので、このままいくとハンナが拗ねるどころでは収まらなくなると感じた。

 なので努は探索中や隙間時間に刻印することを控え、ここ数日は探索を終えた夜に安全なギルドで纏めて刻印のノルマを済ませていた。その話し声はストーキングしていた青い鳥人にも伝わったのか、翼がわさわさしている。


「だけど、知りもしない生産職にまで気を遣って刻印を控えることはないよ。それを言うならリーレイアもそんなに強いの他の探索者からすれば迷惑だから、朝練止めてくれない?」
「私はそんなふざけたことをのたまってくる探索者は自分で受けて立ちますが、貴方は違います」
「だから弱者は何もせず黙ってろってこと?」
「その先にやるべきことがあるということでしょう。……確かに、百十階層の攻略は見事でした。ですが、刻印にかまけていなければあのような記事を書かれずに済みましたし、もっと大きな成果も出せていたはずです」
「そこまで大きな期待をかけられていることは嬉しいけど、僕はリーレイアの思い描いてる理想の過程と成果なんて出せないよ。成果の大きさは越えられるように頑張るけど」
「……別に期待はしていませんよ。強いて言えば、わざわざ変な道を行く探索者を見て歯がゆいといったところでしょうか」


 少しおどけた様子でそう言いながら頭を掻く努に、リーレイアはそう評して視線を逸らした。

 コメント
  • sikis izle より: 2020/11/14(土) 4:48 AM

    I think that what you composed made a great deal of sense. Bess Stirling Palladin

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