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「……流石にこの装備に刻印するのは忍びないね。やるけどさ」
「装備というか、もはや下着に近いっすけどね。111階層は相変わらずえっちっす」
「水着と呼べ、水着と。それにクロアよりはマシな部類だろ」


 傍から見ると変質者だと目で訴えてくるハンナに構わず、努はワンピース水着にちゃっちゃと刻印を刻んでいく。水中での呼吸を可能にする刻印と、水圧上昇に伴う身体障害を軽減する刻印を刻んだ努はそれを彼女に渡した。


「なんか雑っすね」
「どうせ翼で隠れて背中側見えないんだしいいでしょ」
「そういう問題じゃないんすよねー。なんというか、あるじゃないっすか。こう、いっそのこと大変そうに見せちゃうとか? なんか師匠の刻印ってありがたみが薄いんすよねー」
「実際問題、刻印なんてものは誰でも刻めるからね。むしろ刻印油を手に入れる方が断然難しいよ」


 短いサインを一筆書きでもするように刻印を終えた努は、軽い眠さもあってかもはや開いているかもわからない細目で刻印油の入った瓶をしまう。そしてゼノから支給してもらった海パンのような見た目の装備に触れて刻印がちゃんと機能するか点検する。

 111階層から113階層までは、深い水中での探索を余儀なくされる。そのための対策装備として刻印による水中系統のスキルは必須だ。それか環境対策系のスキルに優れている冒険者をPTに入れなければ、深い海の中から黒門を見つけて進むことは不可能だ。

 ただ幸いにも階層主戦まではなくモンスターとの戦闘もそこまで起きないので深刻な問題にはならないが、水中で動くための訓練も必要ではある。そのため浜辺階層で泳ぎの練習を強いられた探索者も迷宮都市には少なからずいた。

 そんな深海階層のために必要だった水着を日にかざすように眺めていたハンナは、少し憂鬱そうにため息をついた。


「確かにまだマシっすけど、これを着て神台に映るのは相変わらず嫌っすね。正気とは思えないっす」


 ハンナもクロア同様に自前の装備こそあったが、数年前の急ごしらえということもあって大分デザインも雑で布面積が小さかった。そのため今回は潜水にあまり支障も出ないしっかりとした素材のワンピース水着に買い替えていた。ちなみにクロアはばちばちのビキニである。


(仮にビキニだとしても、ハンナなら普段の装備と大して変わらないと思うけどな)


 布面積だけでいえば普段の装備も中々に際どいものが多いので露出度としてはさして変わらないのだが、それを指摘すると八割がた青翼をばたつかせて怒ると思ったので努は何も言わなかった。あくまで拳闘士の装備、という建前がなければ到底着れないのだろうし、これで万が一着なくなってしまっては実際探索的にも困るし観衆から更なるバッシングも受けかねない。


(水中の階層主もいずれは出てきそうだし、111階層はその前哨戦っぽい。それまでに本格的な水中装備は準備しときたいし、本当に深海みたいな深さまであるなら未探査の部分も確実にあるだろうな。魚人以外からすればただの通過点に過ぎないからそこまで探索されてないし、底まで潜れるような装備も開発されてないし)


 この前久しぶりに魚住食堂に行った時に世間話でこれから潜る111階層の話題になった時、大分興奮した様子の魚人店員から質問責めにされた。今では見た目が大分人間に寄ってしまったとはいえ、魚人には今でも指の間にある水かきや、かつてはエラだったであろう特徴的な跡も脇腹にある。

 そんな魚人たちは大抵が海に並々ならぬ憧れがあり、浜辺階層に行きたいがために探索者になる者がほとんどであった。ただそこで満足してしまう者もほとんどだったため、魚人の上位探索者は滅多に見なかった。

 だが111階層に深海らしきものがあることが判明した時に、魚人たちは再び立ち上がった。特に深海には相当な畏怖と共に尊敬もあるようで、何人かはそこに行くためだけのPTを組んで110階層まで越えた者もいるほどだ。

 そんな魚人たちのPTだけは未だに111階層から113階層を定期的に探索しているが、五人ではまだまだ探索しきれないほどの広さがあるらしい。それに41階層までならまだしも111階層まで攻略してしまえば、いくら魚人でも海に入れてそこで満足というわけにはいかない者も現れる。そのまま探索者として更に上を目指して中堅クランや大手クランに加入する者もいるせいか、人手が増えずまだまだ深海階層は未知な部分が多いようだ。


(カミーユに水中対策完璧な水着でも渡して探索させるか……。113階層までは進んでるだろうし)


 今のところ水圧上昇による障害は刻印によって軽減することが精々であるため、生きて底まで辿り着いた者はいない。それを無効化する刻印もあるがそれを刻むには高レベル生産職の手間と時間、そしてバカみたいに高い百五十階層以降の刻印油を消費する必要があるため主にその膨大なコスト面からその装備は生産されていない。

 ただ今のレベルでは刻印できる確率が低くなるとはいえ、百五十階層の刻印油さえ手に入れれば水圧上昇による障害無効化の刻印は刻める。カミーユへのプレゼントに欲しいとでもいえばガルムは協力してくれるだろうし、それで成功すれば莫大な経験値も望める。

 そしてあらかた装備の点検を終えたところで、その機会を窺っていたハンナは一つの水着を努に差し出した。


「師匠にはこれが似合いそうっすね」
「それが似合うのゼノくらいじゃない? もっこりしそうだけど」
「も、もっこり……」


 ゼノなら嬉々として履いて神の眼に向かってポージングでもしそうなブーメランパンツを見てそう言った努に、ハンナはそれを指先で摘まみながら呟くに留まった。


 ――▽▽――


「何をやってるのです、あいつは……」


 随分と際どい水着を着ている見知らぬ犬耳の女性とハンナを侍らせてキャッキャウフフと海を探検している努を見つけたユニスは、血管が浮き出そうなほど目を見開きながら下位の神台をねめつけていた。その隣にいるエイミーは苦笑いしながらも、以前に比べると随分と増えたアイドル売りの探索者を観察していた。

 帝都のダンジョンを百階層まで攻略して努の帰還する条件を一つクリアしていたエイミーとユニスは、それによって以前と同じような用紙を手に入れていた。その用紙には努がこの世界に帰ってくるための条件が三つ記されていて、一つはエイミーとユニスが達成した帝都のダンジョンを百階層まで攻略することだった。

 もう一つの条件は迷宮都市のダンジョン百階層を、百人の探索者が突破することだった。そして最後には見慣れない文字の条件が記されていたので、恐らくツトム側の条件なのだろうと推察していた。

 そして帝都と迷宮都市の条件をクリアしてからしばらくした後、その用紙が突如として消失してからエイミーとユニスは早馬を走らせて迷宮都市へと帰還していた。そして実に三年ぶりに迷宮都市へと帰ってきた二人は各々挨拶回りを済ませた後、ツトムの姿を神台で確認して彼が帰ってきたことを認識していた。


(ユニスちゃん、迷宮都市の人間関係完全に崩壊してるっぽいもんなー……)


 エイミーも三年ぶりということでいきなり以前と同じようにとまではいかなかったが、ギルドで挨拶回りをした時は想像していたよりも歓迎されてホッとした。ただユニスは金色の調べのクランハウスに行ってから明らかに落ち込んだ様子だったので、余計に神台のお気楽そうな努に怒り心頭なのだろう。


(行く当てもなさそうだし無限の輪に入る流れにはなるだろうけど、大丈夫かなー。進化ジョブのおかげで役割とかは被らなさそうだしレベルも共通だから実力は問題ないけど、もしツトムから拒否されたらどうしようか。説得材料は色々あるけど……)


 帝都にいた三年の間も定期的に手紙のやり取りはしていたので、エイミーは迷宮都市の環境もある程度は把握している。そのため帰ってきた後の行動計画も立ってはいるが、その中で唯一予想できないのは異世界から帰ってきた努のことだった。


(我にゃがらあれは最悪の別れ際だったしね。どんな顔で再会すればいいのやら。うにゃにゃにゃ~)


 真顔で真剣に神台を見ているフリをしながら内心でふざけ倒してみるものの、警戒するようにそわそわとしている白い猫耳やうねる尻尾が収まることはない。ただ、三年も物理的に離れたことで冷静になれたことは確かだ。だからこそ今なら、ちゃんと努の目を見て話せる気もした。


「取り敢えず、ご飯でも行こうか! 久しぶりに魚住食堂行きたい!」


 エイミーはふわふわしている自分に引きずられないように、三年前と変わらずちみっこいユニスを後ろから黄色い尻尾ごと抱きしめた。そんな彼女のスキンシップにはもう慣れっこなのか、ユニスは渋々とした顔をしながらそのまま引きずるように歩きだす。


「確かに帝都の海鮮はあんまり美味しくなかったし、久しぶりに刺身でも食べたいのです」
「そうだねー。あと兜焼きも食べたいね。一緒に目玉ほじくりかえそ!」
「両側からいっぺんにやるのですよ」


 そんな軽口を叩きながら様々な状況の変化もあって落ち着きのない二人は、意気揚々と魚住食堂へと向かっていった。

 コメント
  • 匿名 より: 2020/11/20(金) 10:45 AM

    コミック最新話題読みました
    書籍版の続き描かれることになったんですね
    楽しみにしてます!

  • 匿名 より: 2020/11/20(金) 1:00 PM

    面白い~

  • 匿名 より: 2020/11/20(金) 4:16 PM

    漫画どうなるんだろう。
    独自路線進むのかWEB版に寄せていくのか。
    現状WEB版に寄せていきそうな感じがしてる気がするけど。

  • 匿名 より: 2020/11/22(日) 11:19 PM

    エイミーもユニスも自分勝手な部分が強くて本編ではヒロインとしての魅力が無さすぎたので、ヒロインレース話を出されるよりも、タイトル通りのダンジョン攻略を主軸においたストーリー展開してほしい。努無双が見たいんですよね。90階層ボス戦みたいな熱い展開期待してます。

  • 匿名 より: 2020/11/23(月) 12:26 AM

    ハンナのマイクロビキニはどこですか

  • 匿名 より: 2020/11/24(火) 6:32 AM

    情報盛り沢山ですね。

    魚住食堂が、名前のままとは想定外でした。

  • 匿名 より: 2020/12/01(火) 7:51 PM

    エイミーとユニスにヒロイン力を感じないだと??一人の男の為に旅して戻ってくるための条件を満たしたりだとはかそこらのヒロインよりヒロイン力高いぞ

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