第447話 懐かしのアトラクション

「ツトムさん、どうしちゃったんですかね……?」


 厄介極まりないシルクハットを潰してからは難なくスポッシャーを撃破した三人だったが、それと同時に干上がってしまった油田を見ていた努はがっくりとしていた。そしてスポッシャーからドロップした白いシルクハットを喜んでいた二人に預けた彼は、何故かオイルアトラクションの最難関である大壁を一人スキルも使わず登り始めた。

 そんな努から先に帰っていいと言われてギルドに戻っていたクロアは、彼の不可思議な行動を理解できず垂れ耳を蝶々のように動かしていた。


「師匠は時々よくわからないっすから、あんまり気にしない方が楽っすよー。どうっすか?」
「……あんまり深く被らない方がいいかもしれませんね」
「んー? こんなもんっすか?」


 戦利品の白いシルクハットを自身の頭にすっぽりとはめて眉毛まで埋まっていたハンナは、クロアからのアドバイスを受けて被り方を試行錯誤していた。そして結局クロアに調整してもらった彼女はキメ顔でギルドを練り歩いた。

 そんなハンナの行動に初めはピンと来ていないものがほとんどだったが、探索者たちは以前同じようにアルマがドヤ顔で白いシルクハットを被っていたことを思い出した。


「え? スポッシャー倒したの?」
「ふっふっふっ」
「……まぁ、ハンナは古参だしな。最悪失敗しても、問題はなかったと思うが……。ツトムはどうした?」
「なんか、壁登ってたっす」
「なんで?」
「さぁー」


 丁度これから探索に向かう予定だった古参探索者からの困惑に、ハンナもまた不思議そうに首を傾げるしかなかった。それからその隣にいたクロアも視線を投げかけられたものの、今回ばかりは愛嬌のある笑みを浮かべながら彼女と同様の反応をするしかなかった。


(壁を登ってるのもわけわからないけど、百階層までヒーラー一筋だった白魔導士でアタッカーがあそこまで出来るのも意味が分からない。三年故郷に帰ってたっていうの、間違いなく嘘。帝都のダンジョンでも攻略してた? でもそれなら多少の噂は広がるはず。なら外のダンジョン?)


 今回のスポッシャー戦は正直、努が類まれな指揮力を発揮してハンナと自分が予想以上の実力を発揮して死力を尽くさなければ攻略はできないと思っていた。だが結果として一番死力を尽くしたのは努だった。そこまで努のことばかり見る余裕もなかったが、それでも彼が活躍していたことは現場での肌感でわかる。

 確かに遠距離攻撃系のアタッカーがスポッシャーの触手二本を受け持つのは、そこまで難しいことではない。だがそれはあくまで百階層を越えられるようなアタッカーが、百十階層に何度も挑んで慣れた後に限った話だ。

 百階層以降の白魔導士は進化ジョブによってアタッカーも出来るようになったものの、それで突然優秀な攻撃役になれるわけではない。それにスポッシャーのシルクハットを用いた転移触手を相手取るのは相当な実力と共に慣れがいる。

 それを努は初見で安定して押さえるどころか、支援回復まで見事にこなしていた。そして最後には完全にアタッカーへと集中して三本相手取ることまでしていた。そこまで出来ると思えるような白魔導士は、百四十階層まで辿り着いているクロアの知る限りではいない。最前線の白魔導士なら或いは、といったところだろう。


(なんで刻印なんてしてるんだろ、あの人)


 スポッシャーの触手を捌けるぐらいアタッカーとして才能の片鱗を見せ、更に白魔導士の見慣れたスキルを使用していないことからして伸びしろすらある。これからちゃんと時間をかけてスキルや近接戦を訓練すれば、白魔導士の中でも生粋のアタッカーになれる可能性は十分にあるだろう。

 だが努は暇を見つけては刻印ばかりしている。そんなことは生産職にでも任せて探索者としての活動に集中すれば、今頃はもっと周囲からも応援されて正当な評価を受けているだろう。それこそ臨時PTの募集にだって良い人材が集まったはずだ。それなのに何故、生産職の真似事なんかに時間を割くようになってしまったのか。


(……いや、ツトムさんの心配してる場合じゃないぞ、クロア。こんな調子じゃ、戦力外通告されてもおかしくない。少なくとも百三十階層までには結果を出さないと)


 クロアは努から事前の作戦にない突発的な指示を守って絶好の機会を逃しはしなかったものの、あそこまでお膳立てされて失敗するようなアタッカーなら引退を考えてもいいぐらいだろう。あれを結果と呼ぶにはアタッカーとしてあまりにも稚拙だ。

 それからクロアは思ったよりも注目はされずに人知れず落ち込んでいたハンナを回収した後、これからの立ち振る舞いについて考えを巡らせ続けた。


 ――▽▽――


(うわー、この人も忖度するようになっちゃったか。残念)


 百十階層のボルダリングを筆頭としたアトラクションの攻略と持ち込んでいた刻印を消化して結局半日以上過ごしていた努は、大欠伸をしながら朝刊を買って早朝にクランハウスへと帰宅していた。そしてその記事内容を見てげんなりとしていた。

 昨日のスポッシャー戦については、やはりハンナが主軸として評されていた。それに関して努は文句の一つもない。魔流の拳を扱えるようになった彼女の実力は凄まじく、他の避けタンクとは既に一線を画している。

 そんなハンナは実際スポッシャーの触手を五本担当し、現場での対応力も以前より高かった。今の三大アタッカーにも負けず劣らないのではないかとも評されている彼女が今回のMVPであることは間違いようがなく、絶賛する声も多い。


(僕も重要な前半は結構頑張ってただろ。なのに何でハンナとクロアに介護されたことになってるんだか。場面の切り抜きに悪意ありすぎだろ)


 既にソリット社だけのものではなくなっていた新聞写真では、クロアとハンナがスポッシャー本体と戦っている間に努がせっせと刻印している姿が鮮明に映し出されていた。写真はそれだけで前半の触手を捌いていた場面などは一文で軽く触れられているだけ、なんて記事もあった。


(まぁ、まとも意見を言う人がいるだけ感謝しないとな)


 そんなゴリゴリの偏向報道の中で生産職に配慮はしつつも出来るだけ客観的に今回の階層主戦を評価している迷宮マニアも何人かはいたので、努はその者たちの名前は控えておいた。そしてハンナクロア絶賛の記事を流し読みしていた彼は、玄関の開く音と共に新聞を机の上に戻した。


「……おはようございます」
「おはよう」


 朝の訓練を終えた様子のリーレイアは、一瞬お化けでも見たかのような顔をしたもののすぐ真顔に戻って挨拶してきた。努も挨拶を返すと彼女の首に乗っかっていたサラマンダーがぬるりと地面に降りる。


「いつ帰ってきたのですか?」
「ついさっきだね」
「それはご苦労様ですね」


 一切気持ちが籠もっていなさそうな声でそう言ったリーレイアは、努の前にあった新聞を汚物でも摘み取るかのように手に取った。そして汗で濡れて束になっていた緑髪を払いながら一通り目を通すと露骨に鼻で笑った。


「槌士でスポッシャーの触手をこれほど捌けるとは、随分と有望なお仲間のようで何よりです。それに貴方の実力もこれで知れたようですね。何より、何より」
「アルドレットクロウの目も随分と曇ったもんだね。まさかあのハンナと肩を並べて僕をダンジョンで介護してくれるような有望株を見逃すなんて」
「えぇ、そうですね。今度是非とも紹介して下さい。いずれは無限の輪に入るかもしれませんからね。……それに垂れ耳の犬人なんてあまり見かけませんし、丁度代わりが見つかったようで何よりです」
(垂れ耳に親でも殺されたのかな?)


 素敵な笑顔で当て擦り気味に申してくるリーレイアに努も笑みだけを返した。そして相変わらずしゃかしゃかと足音が騒がしいサラマンダーを抱き上げて指先を温めているうちに、彼女は訓練での汗を流しに浴室へと去っていった。


「結局夜まで潜っていたのか? 夕方に九十七番台に映っているのは見ていたが」
「死なずにじっくりアトラクションを練習できる絶好の機会だったからね。まぁ、油があると更に難しいんだろうけど、ある程度要領は掴めたよ」
「むっ? また百十階層に潜るつもりなのか?」
「あそこなら刻印油使い放題みたいだしね。それに触手に捕まれば死なずに戻れるみたいだし」


 その後に朝の訓練を終えたガルムやコリナもクランハウスに帰ってきたので、努は朝帰りになったことの説明を軽く済ませた。それから各自身支度を済ませながら朝食に入った。


「写真が悪いっすねー。師匠はもっと頑張ってたっすよ?」
「そうなのか」
「ツトム君、妻から聞いたよ。素晴らしい活躍ぶりだったそうじゃないか」
「現状で出来る限りのことはしたつもりだよ。それにそう言ってくれる人はピコさん以外にもいたし、案外迷宮マニアも捨てたもんじゃないね。一部変なのが増えただけで」
「おかわりをいただけますか」
「あっ、私もお願いします。あとこれと、これも」


 席についているハンナ、ガルム、ゼノ、努、リーレイア、コリナ一同は朝食を食べながらそれからも各々雑談していた。

 コメント
  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 10:42 PM

    生産職はレベル上げも重要ですが、上げた後は道具も重要ですから下積みの結果が実って強力なアイテムが作れるようになるのはもう少し時間がかかりそうですが、楽しみですね。
    もともと転職できたライブダンジョンではいろいろなジョブをカンストまでやっていたので当たり前の感覚で進めているだけなんですがw

  • ばーる より: 2020/09/22(火) 10:46 PM

    更新ありがとうございます!
    リーレイアが可愛すぎる(^q^)

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 10:48 PM

    スポッシャーの油は、戦闘中のみ刻印油として使用可能なアイテムなのでは?(ダンジョン内のみで使えたり合成出来るアイテムかと、持ち帰ると油が変質する系の)

    自分がツトムを助けて介護して階層更新してあげたかったのに、普通にツトム攻略しちゃったのでツンツンなリーレイアが可愛い!

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 10:53 PM

    安心と信頼のクロアの評価だよw
    ・・・つまり遠距離アタッカーが何度も挑戦すれば触手2本プレイ可能と言うのもミス評価か
    他情報で3本は無理らしいから、クロア条件でも1本が普通なんだろうなw

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 10:54 PM

    何が仕上がってるだよ、秋山くんwww

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:00 PM

    > アトラクションの油が刻印油という設定は無理が出てくるんじゃないかな?

    今回の話(=43話)で
    「それと同時に干上がってしまった油田を見ていた努はがっくりとしていた。」
    ってあるから、ボスが生きている間(+ボス部屋にいる間)しか有効じゃないんじゃないかな。

    ギルド戻った際に油まみれがどうのって話あったから油自体は持ち帰れるのだろうけど、
    正確悪い神様だし、ギルド戻ったときには普通の油に戻っててもおかしくない気が。
    じゃないとわざわざツトムが「110階に再度挑んで刻印する予定」ってのが「何でマジックバックに入れて持ち帰らないの?」ってなるし。

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:10 PM

    発想の勝利だね

    探索者は職人が暴挙に出るから刻印しない
    しかもダンジョンで刻印しようなんて絶対思わない
    過去にレアアイテムが無限に取れるようになったことは無い
    だから同じ階層のレアアイテムが取り放題なんて思わない
    だからスポイトで取るレアアイテムと同じ油か検討する発想がない

    人前で自分の身体に塗りたくった油で料理する女がいないのと同じ
    変態だって人前なら自重する
    男の油を使う職人もいない
    言ったらその職人は変態扱いで社会的に死ぬ
    男の油を使うと知れたらホモ以外の客が減る
    ぬるぬる排出された油を使うのは危険過ぎる

    油地獄=刻印油か確認するにはリスクがあまりにも大き過ぎる

    ここまで条件が揃っていれば、ツトムみたいに村八分でも気にしない廃人根性が無ければ気付けないわけだ

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:12 PM

    更新してるぅぅぅ!!!!

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:18 PM

    努活躍シーンはやはり滾りますね
    次回も楽しみです

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:18 PM

    リーレイアw

    刻印の話の先が楽しみ

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:28 PM

    名前控えたのはちゃんと評価してる人やろ

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:32 PM

    (垂れ耳に親でも殺されたのかな?)
    ここ最高

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:37 PM

    ツトムは裏ダンジョンのドロップでアトクションの油が刻印油なのを知っている、この世界ではそれは知られていない(試した奴が居ない)のでは?
    刻印やる探索者はツトムのバッシングを見る限り一切居なさそうだし(=現地で試す奴が居ない)、刻印油=刻印層って印象が染み着いていそうなので。
    生産職との軋轢は単純に生産職がお高く止まって居たいだけなのが原因かと。

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:43 PM

    刻印油使い放題なのに採取して戻るやついないってことはダンジョン外だと効力失うタイプかな?それともそもそも、ここのボスまでいけるやつの数が少なすぎて、通常通り採取する量には遠く及ばないか

    どちらにせよ個人でダンジョン内で使う分には文字通り使い放題なら刻印が捗りますね

    後、今回の名前控えは援護してくれた人たちのみ。あまりに数が多すぎることと、100悪いのではなく理解できる部分があるから控えないのかな?

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:48 PM

    >アトラクションの油
    今まで気づかれなかったのは、実は刻印油の上位種or別種同機能油だったとかのかな?

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:50 PM

    ギルド内はほのぼのとしてるなぁ…

  • 匿名 より: 2020/09/22(火) 11:57 PM

    油ヌルヌル触手プレイを楽しむ変態の称号獲得フラグ立ったな

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 12:16 AM

    名前を控えるとこが相変わらずだよなw

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 12:18 AM

    今更気付いたんだけどゲームとして考えると、新要素(刻印)追加直後の新ボスが油使うってどう考えても関係あるやつやん
    この部分で何かしらあるんやろなぁ

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 12:18 AM

    なんで刻印してるのか? って、いい疑問だよクロア君。 実力派ヒーラーであり戦術立案も指揮も指導もこなす努がなんで刻印してるのか? ってもうそれで答え出てるんだよな。 生産職のお先が真っ暗だから自分でやってるんだよ。

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 12:35 AM

    うふふー。ツトム、順調っすねw.
    面白ー(^^)
    更新ありがとうございます。

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 12:37 AM

    更新ありがとうです!
    刻印のレベリング後の活躍が気になりまくリングです。

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 12:51 AM

    三年後の現在で刻印油の供給が足りてないなんて描写一切ないだろ
    中堅の中で弱い方のやつらでも入れるレベルの階層だぞ

  • とある廃人白魔導師 より: 2020/09/23(水) 12:58 AM

    刻印油使い放題×かつて黒杖を最大強化した廃人ゲーマー=生産職終了のお知らせ

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 12:58 AM

    >アトラクションの油が刻印油という設定は無理が出てくるんじゃないかな?

    現地人は刻印油と同じって気づいてないんじゃない?
    オイルまみれで出てくるのはギルドだからすぐ落とそうとするだろうし
    カニの階層で回復薬になる魚いたしそういう階層なんじゃない
    油田と流れてる油が一緒だとは限らんけど

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 1:03 AM

    更新あざっす!!
    感想もおもしろいな。
    スポッシャーの油、持ち出し不可とか刻印油効果無効とかなら、
    将来、職人たちもこぞってスポッシャー階層まで来るようになるんかな。
    すると、刻印油回収業務から解放されてステファニさんもにっこり。

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 1:14 AM

    これは偏向報道の流れに沿わずきちんと客観的な記事を書いた迷宮マニア達には努からドデカイご褒美がくる予感。そういうの大好きなんじゃー。

  • 矢上 より: 2020/09/23(水) 1:19 AM

    ボス倒して安全なMAPでゆっくりキッチリレベ上げとかさす努ですな。

    垂れ耳犬人に親殺された説出るほど嫌ってるのは性格が合わなかったのか裏切ったからなのか分からないけどダリルますます戻りづらくなったなぁwがんばれー!!w

    寝る前に気づいて良かった。
    これで休み明けも頑張れる!!

    更新ありがとうございます!

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 1:37 AM

    あんなに煽っておいてリーレイア自身は観戦してなかったんだな。
    というか、帰還したマスターの初陣なんだし、メンバー全員で観戦するもんだと思ってたよ。
    普通は気になると思うんだけどなぁ…ずっと待ってた恩師の初陣だよ?

    ガルムの反応も「そうなのか」って…流石にガッカリだわ
    復帰報道の時と温度差ありすぎて違和感がすごい

  • 匿名 より: 2020/09/23(水) 1:40 AM

    いつも楽しく読んでいます。
    次回更新も楽しみです。

コメントを書く