第451話 水着刻印

 

「……流石にこの装備に刻印するのは忍びないね。やるけどさ」
「装備というか、もはや下着に近いっすけどね。111階層は相変わらずえっちっす」
「水着と呼べ、水着と。それにクロアよりはマシな部類だろ」


 傍から見ると変質者だと目で訴えてくるハンナに構わず、努はワンピース水着にちゃっちゃと刻印を刻んでいく。水中での呼吸を可能にする刻印と、水圧上昇に伴う身体障害を軽減する刻印を刻んだ努はそれを彼女に渡した。


「なんか雑っすね」
「どうせ翼で隠れて背中側見えないんだしいいでしょ」
「そういう問題じゃないんすよねー。なんというか、あるじゃないっすか。こう、いっそのこと大変そうに見せちゃうとか? なんか師匠の刻印ってありがたみが薄いんすよねー」
「実際問題、刻印なんてものは誰でも刻めるからね。むしろ刻印油を手に入れる方が断然難しいよ」


 短いサインを一筆書きでもするように刻印を終えた努は、軽い眠さもあってかもはや開いているかもわからない細目で刻印油の入った瓶をしまう。そしてゼノから支給してもらった海パンのような見た目の装備に触れて刻印がちゃんと機能するか点検する。

 111階層から113階層までは、深い水中での探索を余儀なくされる。そのための対策装備として刻印による水中系統のスキルは必須だ。それか環境対策系のスキルに優れている冒険者をPTに入れなければ、深い海の中から黒門を見つけて進むことは不可能だ。

 ただ幸いにも階層主戦まではなくモンスターとの戦闘もそこまで起きないので深刻な問題にはならないが、水中で動くための訓練も必要ではある。そのため浜辺階層で泳ぎの練習を強いられた探索者も迷宮都市には少なからずいた。

 そんな深海階層のために必要だった水着を日にかざすように眺めていたハンナは、少し憂鬱そうにため息をついた。


「確かにまだマシっすけど、これを着て神台に映るのは相変わらず嫌っすね。正気とは思えないっす」


 ハンナもクロア同様に自前の装備こそあったが、数年前の急ごしらえということもあって大分デザインも雑で布面積が小さかった。そのため今回は潜水にあまり支障も出ないしっかりとした素材のワンピース水着に買い替えていた。ちなみにクロアはばちばちのビキニである。


(仮にビキニだとしても、ハンナなら普段の装備と大して変わらないと思うけどな)


 布面積だけでいえば普段の装備も中々に際どいものが多いので露出度としてはさして変わらないのだが、それを指摘すると八割がた青翼をばたつかせて怒ると思ったので努は何も言わなかった。あくまで拳闘士の装備、という建前がなければ到底着れないのだろうし、これで万が一着なくなってしまっては実際探索的にも困るし観衆から更なるバッシングも受けかねない。


(水中の階層主もいずれは出てきそうだし、111階層はその前哨戦っぽい。それまでに本格的な水中装備は準備しときたいし、本当に深海みたいな深さまであるなら未探査の部分も確実にあるだろうな。魚人以外からすればただの通過点に過ぎないからそこまで探索されてないし、底まで潜れるような装備も開発されてないし)


 この前久しぶりに魚住食堂に行った時に世間話でこれから潜る111階層の話題になった時、大分興奮した様子の魚人店員から質問責めにされた。今では見た目が大分人間に寄ってしまったとはいえ、魚人には今でも指の間にある水かきや、かつてはエラだったであろう特徴的な跡も脇腹にある。

 そんな魚人たちは大抵が海に並々ならぬ憧れがあり、浜辺階層に行きたいがために探索者になる者がほとんどであった。ただそこで満足してしまう者もほとんどだったため、魚人の上位探索者は滅多に見なかった。

 だが111階層に深海らしきものがあることが判明した時に、魚人たちは再び立ち上がった。特に深海には相当な畏怖と共に尊敬もあるようで、何人かはそこに行くためだけのPTを組んで110階層まで越えた者もいるほどだ。

 そんな魚人たちのPTだけは未だに111階層から113階層を定期的に探索しているが、五人ではまだまだ探索しきれないほどの広さがあるらしい。それに41階層までならまだしも111階層まで攻略してしまえば、いくら魚人でも海に入れてそこで満足というわけにはいかない者も現れる。そのまま探索者として更に上を目指して中堅クランや大手クランに加入する者もいるせいか、人手が増えずまだまだ深海階層は未知な部分が多いようだ。


(カミーユに水中対策完璧な水着でも渡して探索させるか……。113階層までは進んでるだろうし)


 今のところ水圧上昇による障害は刻印によって軽減することが精々であるため、生きて底まで辿り着いた者はいない。それを無効化する刻印もあるがそれを刻むには高レベル生産職の手間と時間、そしてバカみたいに高い百五十階層以降の刻印油を消費する必要があるため主にその膨大なコスト面からその装備は生産されていない。

 ただ今のレベルでは刻印できる確率が低くなるとはいえ、百五十階層の刻印油さえ手に入れれば水圧上昇による障害無効化の刻印は刻める。カミーユへのプレゼントに欲しいとでもいえばガルムは協力してくれるだろうし、それで成功すれば莫大な経験値も望める。

 そしてあらかた装備の点検を終えたところで、その機会を窺っていたハンナは一つの水着を努に差し出した。


「師匠にはこれが似合いそうっすね」
「それが似合うのゼノくらいじゃない? もっこりしそうだけど」
「も、もっこり……」


 ゼノなら嬉々として履いて神の眼に向かってポージングでもしそうなブーメランパンツを見てそう言った努に、ハンナはそれを指先で摘まみながら呟くに留まった。


 ――▽▽――


「何をやってるのです、あいつは……」


 随分と際どい水着を着ている見知らぬ犬耳の女性とハンナを侍らせてキャッキャウフフと海を探検している努を見つけたユニスは、血管が浮き出そうなほど目を見開きながら下位の神台をねめつけていた。その隣にいるエイミーは苦笑いしながらも、以前に比べると随分と増えたアイドル売りの探索者を観察していた。

 帝都のダンジョンを百階層まで攻略して努の帰還する条件を一つクリアしていたエイミーとユニスは、それによって以前と同じような用紙を手に入れていた。その用紙には努がこの世界に帰ってくるための条件が三つ記されていて、一つはエイミーとユニスが達成した帝都のダンジョンを百階層まで攻略することだった。

 もう一つの条件は迷宮都市のダンジョン百階層を、百人の探索者が突破することだった。そして最後には見慣れない文字の条件が記されていたので、恐らくツトム側の条件なのだろうと推察していた。

 そして帝都と迷宮都市の条件をクリアしてからしばらくした後、その用紙が突如として消失してからエイミーとユニスは早馬を走らせて迷宮都市へと帰還していた。そして実に三年ぶりに迷宮都市へと帰ってきた二人は各々挨拶回りを済ませた後、ツトムの姿を神台で確認して彼が帰ってきたことを認識していた。


(ユニスちゃん、迷宮都市の人間関係完全に崩壊してるっぽいもんなー……)


 エイミーも三年ぶりということでいきなり以前と同じようにとまではいかなかったが、ギルドで挨拶回りをした時は想像していたよりも歓迎されてホッとした。ただユニスは金色の調べのクランハウスに行ってから明らかに落ち込んだ様子だったので、余計に神台のお気楽そうな努に怒り心頭なのだろう。


(行く当てもなさそうだし無限の輪に入る流れにはなるだろうけど、大丈夫かなー。進化ジョブのおかげで役割とかは被らなさそうだしレベルも共通だから実力は問題ないけど、もしツトムから拒否されたらどうしようか。説得材料は色々あるけど……)


 帝都にいた三年の間も定期的に手紙のやり取りはしていたので、エイミーは迷宮都市の環境もある程度は把握している。そのため帰ってきた後の行動計画も立ってはいるが、その中で唯一予想できないのは異世界から帰ってきた努のことだった。


(我にゃがらあれは最悪の別れ際だったしね。どんな顔で再会すればいいのやら。うにゃにゃにゃ~)


 真顔で真剣に神台を見ているフリをしながら内心でふざけ倒してみるものの、警戒するようにそわそわとしている白い猫耳やうねる尻尾が収まることはない。ただ、三年も物理的に離れたことで冷静になれたことは確かだ。だからこそ今なら、ちゃんと努の目を見て話せる気もした。


「取り敢えず、ご飯でも行こうか! 久しぶりに魚住食堂行きたい!」


 エイミーはふわふわしている自分に引きずられないように、三年前と変わらずちみっこいユニスを後ろから黄色い尻尾ごと抱きしめた。そんな彼女のスキンシップにはもう慣れっこなのか、ユニスは渋々とした顔をしながらそのまま引きずるように歩きだす。


「確かに帝都の海鮮はあんまり美味しくなかったし、久しぶりに刺身でも食べたいのです」
「そうだねー。あと兜焼きも食べたいね。一緒に目玉ほじくりかえそ!」
「両側からいっぺんにやるのですよ」


 そんな軽口を叩きながら様々な状況の変化もあって落ち着きのない二人は、意気揚々と魚住食堂へと向かっていった。

 コメント
  • 匿名 より: 2020/11/14(土) 10:39 PM

    いまからユニスの行く末が楽しみでたまらない

  • 匿名 より: 2020/11/15(日) 12:12 AM

    ユニスとエイミーがやっと合流か!!
    ますます楽しみになってきた!
    そういや、フェンリルって裏の何階層のボスだっけ??

  • 匿名 より: 2020/11/15(日) 2:20 AM

    年内が最後の投稿になるとは

  • 匿名 より: 2020/11/15(日) 6:32 PM

    ビキニアーマー(男用)か・・・

  • 匿名 より: 2020/11/15(日) 7:00 PM

    更新楽しみ。
    無理のない程度でお願いします

  • 匿名 より: 2020/11/16(月) 12:30 AM

    ユニスとエイミー合流‼
    次回更新楽しみにしてますう

  • 匿名 より: 2020/11/16(月) 1:10 AM

    年内が最後の投稿ってどこ情報ですか?

  • カイト? より: 2020/11/16(月) 6:09 AM

    更新ありがとうです!
    今回も楽しめましたよ。
    エイユ二の帰還で更に楽しみが増えましたが、ユニスがクラン加入したら最終的には昔の10人でなく15人までメンバー増やすのかな…。
    だとするとキャラの絡みや過去編等テンポ悪くなるのか気になる。
    アニメ、ワンピースとかキャラ増やしすぎたせいでキャラごとに謎の戦闘シーンとか増やしすぎたりでテンポ悪くなりすぎましたからね。
    作者的には次話の時間稼ぎにはなるかもしれないがワンピース並みにテンポ悪くしてほしくないです。
    これからも頑張って下さい。

  • 匿名 より: 2020/11/16(月) 1:24 PM

    ユニスとエイミーきた!
    どうなるのか想像が膨らみます!

  • 匿名 より: 2020/11/16(月) 2:01 PM

    クロア水着、きわどい、流石アイドル!!
    リーレイアは五分袖五分丈ワンピース水着と見た。

    「両側からいっぺんにやるのですよ」
    近い将来のツトムの扱いの暗喩かしら…(笑)

  • 匿名 より: 2020/11/17(火) 12:28 PM

    なろう完結からちょうど一年ですね。
    続けていただいていること、本当に感謝いたします。
    コミカライズも新しい局面を迎え、これからが楽しみです。
    書籍でモブになってしまったダリルの復権を祈っています。
    これからもお体に気を付けてご執筆ください。

  • 匿名 より: 2020/11/17(火) 12:35 PM

    更新を待ちながら、なろう本編をヘビロテする日々。
    しかし、最近は更新後のコメント書き込みの瞬間風速がすごくて、確実にファンが増えてるなぁというのを如実に感じる。

    ツトムも自分が帰還する為に頑張ってくれたユニスを流石に足蹴にはしないと思うけど、あの違うクラン同士だから成立してた喧々諤々なやり取りが、同じクランになった時にどうなるかが見物だなぁ。

    次の更新も楽しみにしております。

  • 匿名 より: 2020/11/17(火) 4:45 PM

    更新お疲れさまです!

    魚人仲間になる可能性も出てきたかな!?新キャラ大歓迎ですぞ?ワシはw

  • 匿名 より: 2020/11/17(火) 5:08 PM

    両側からいっぺんにやられるツトム君はちょっと見てみたい。
    女難の恐ろしさを再認識して頂こう。ぐひひひひ(ゲス顔)

  • 匿名 より: 2020/11/17(火) 9:09 PM

    ついにエイミーとユニスが!
    いつも楽しく読ませておただいています♪

  • 匿名 より: 2020/11/18(水) 12:46 PM

    更新ありがとうございます!
    勝手な妄想だけど、努に使い勝手の悪いユニークスキル付けて阿鼻叫喚するとこみたいなって
    例えば、片腕を代償にパーティーメンバーの体力と精神力全回復みたいなやつ。

  • 匿名 より: 2020/11/18(水) 1:34 PM

    散々苦労してたし、ユニスを多少は労わってあげて欲しいな・・・
    どうなるかねぇ

  • 匿名 より: 2020/11/18(水) 1:37 PM

    ライブダンジョンめっちゃ面白いです!一気読みでここまで読んでしまいました、努が帰還して終わりかと思いきや後日談こんなに続くなんて夢のようです。

    ユニスちゃんほんと可愛いですね…

  • 匿名 より: 2020/11/18(水) 4:20 PM

    ニコニコで連載中のコミック版は明日、33話後半を更新予定。書籍版ではラストになる話で今後も連載してくれるか気になりますね…

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 1:42 AM

    エイミーはアイドルなので羞恥心の無いばちばちビキニでアピール!
    ユニスは漫画で御馴染み趣味の人向けのお子様水着!
    異論は認める!

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 2:25 AM

    エイミー達って、向こうのダンジョンの女除けのためのくさい臭いをちゃんと落としたのか?
    (慣れていてくさいことに気づいてない可能性も)

    くさかったら、魚住食堂に迷惑がかかりそう。

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 11:17 AM

    ユニスは是非とも無限の輪に加入させてほしいです。
    錬金でも取って開発力チートにモノをいわせてアタックポーション発明とかポーション調合とか色々やらかしそうw

    それと上の方、フェンリルは確か92階層のNPC的な位置づけの親子モンスターだったと思います。ある意味裏ボスですが…。

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 2:43 PM

    祝!コミック版打ち切り回避!
    いやもうほんとなんで書籍は打ち切りにしたのか

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 2:47 PM

    漫画版では暴食竜編に突入したようです。連載継続されて本当に良かったです!

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 5:17 PM

    漫画、竜の宴キターーーっ!!!

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 5:31 PM

    コミックが更新されておる。ついにスタンピード、竜の宴か…
    それより、ついにツトム様がステフ嬢のスイッチを入れちゃった瞬間…
    よく見ると、既にステフの部屋ががががw

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 6:18 PM

    漫画最新話きた!
    ステファニーが追い詰められてから狂うのじゃなく既に信者っぽくて笑う
    努の写真飾りすぎこわい

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 10:14 PM

    エイミーとユニスおかえりなさい!!めっちゃ嬉しい!!!
    まさかの100階までクリアしてたとか本気で尊敬する。
    ツトムの本編分くらいの他のダンジョンを攻略してきたんですもんね…。すごい…!!
    そしてユニス、なんか可愛いですよね。とても可愛い。初登場したときは普通に可愛いなぁと思っていたんですけど、終盤付近とかもう可愛くて可愛くて…。
    心から帰還お祝い申し上げます!!

  • 匿名 より: 2020/11/19(木) 11:24 PM

    漫画版が商用小説のとこまでしか無いかと思ったらスタンピード編が始まったからこっちの投稿少なくなるのかな
    何はともあれ継続おめでとうございます。

  • 匿名 より: 2020/11/20(金) 12:41 AM

    羽!尻尾!獣耳!!
    いやー、ハンナちゃんかわいい

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