第452話 帝都からのご帰宅

 

「だーれだ?」


 一度クランハウスに戻り夕食だけ食べようと帰ってきた努は、リビングに入った途端久しぶりに聞いた快活そうな声と共に視界を塞がれた。


「……帰ってくるの、少し早かったね。エイミー」


 その声と足をぺしぺしと叩いてくる細長い尻尾らしきもので見当のついた努はそう返したが、視界は手で塞がれたままだった。それどころか眼球を軽く揉むようにうねうねと手を動かされたので、彼は少しゾッとしながらもしゃがんで抜け出した。


「…………」
「……あー、そういえば一緒にいるって言ってたな。その節はどうも」
「わかればいいのです」


 エイミーに脇を持たれて抱っこされた状態で努の目を塞いでいたであろうユニスは、不満げにそう言いながら彼女にそっと降ろされた。そして服の袖で泥でも拭うように目を擦っている彼に金色の大きな尻尾を揺らめかせる。


「相変わらず何年経っても失礼な奴なのです。ぶっ飛ばすのですよ?」
「それは勘弁してほしいね。ステータス的にも洒落にならないし」
「……いや、確かに今は私の方がレベルは上なのですが。そうじゃなくて、ヒーラーとしてぶっ飛ばすってことです」
「はぁ」
「……なんなのです」


 以前と同じようにファイティングポーズ満々なユニスであったが、努としてはそもそも彼女と会うのは三年ぶりであるし、聞いたところによるとエイミーと一緒に自分がこの世界に帰るための条件も満たしてくれたようなので言葉のプロレスをする気にもなれなかった。そんな張り合いのない努に調子が狂ったのかユニスは狐耳をアンテナのように立てて回していた。


「お、おひさー」
「三年? ぶりくらいだね。わざわざ帝都まで行かせたみたいで悪いね」
「あー、うん。別に全然大丈夫だよー」


 その後ろで少しうねりのある白髪を指先で弄っていたエイミーは、そんなユニスとのぎくしゃくとした会話を見ていたせいかぎこちなさの残る笑顔を浮かべていた。こんな微妙な関係で目塞ぎをしてしまったことを後悔でもしているのか、その白い猫耳は頭に張り付くようにぺたんとしている。


「……調子はどうかなー?」
「調子? いやまぁ……普通だと思うけど」
「そっかー」
「そっちはどうなの?」
「わたしもまぁ、普通かな」
「…………」


 それからも三人は久しぶりの再会ということもあってか何処か会話が噛み合わず、何だか気まずさすら覚えるぎこちなさのまま夕食を共にすることとなった。そして無限の輪の一軍メンバーたちも帰ってきたところで食事は始まった。


「さっ、それでは帝都について詳しく聞かせてもらおうではないか。エイミー君はカムラ兄妹をご存知かね?」
「あー、何年か前に迷宮都市に移った人でしょ? なんか、こっちでも凄い活躍してるみたいだね。そういえばユニス、少し絡まれてなかった? 妹の方に」
「ん? そんなことあったのです?」
「あったじゃん。ほら、八十階層辺りでさ……」


 そこに同席していたゼノを中心とした帝都に関する質問責めのおかげか、二人だけが気まずいまま食卓を迎えることはなかった。


「ほら、この辺りはエイミーの大好物でしょう。遠慮せずどうぞ」
「どうもどうも」
「でっかいのです」


 その後も有無を言わさず無限の輪を出ていったエイミーに対してリーレイアが当てつけのような愚痴を言ったり、ユニスがコリナの食べる様をまじまじと見つめて落ち込ませたりなどしながら夕食の時間は過ぎていく。


「ねっ。ツトムさ、元の世界でなにやったの? なんか前よりこう……オスっぽいというか、レオンっぽくなってない?」
「体力作りのために山登りしただけだよ。日焼けしてるのはそのせいだし、今じゃ大分白っぽくなってきたけど」
「神台でも犬の子侍らせてたし」
「今もアイドルやってるエイミーのファンね。なんかエイミーのこと伝説のアイドル扱いしてたし、会ったら喜ばれるんじゃない?」
「それはやぶさかではないけども」
「そういうそっちも大分垢抜けたように見えるけど?」
「まぁ、うん。帝都って、そのー、恋愛観がこっちと違うからさ。色々ございまして……」


 そうこう話しているうちに以前のダンジョンを攻略していた時のような距離感を取り戻したのか、エイミーと努は普通のコミュニケーションが取れるようには戻っていた。まだ当時の決裂した時の話題に触れないとはいえ、お互いに自身の悪かった部分を認めていることもあってか雰囲気は良好だった。


「変な奴だとは思ってたのですが、まさか本当に異世界人だとは思わなかったのです」
「悪かったね」
「…………」


 ただユニスとの接し方についてはまだ以前のように戻っておらず、彼女は肩透かしでも食らった顔のままだった。努としてもユニスの失礼な物言いに返したいところではあったが、彼女が帝都でエイミーと一緒にダンジョンを攻略してくれたおかげでこちらに帰ってこられたという事実があるのは確かだ。

 無限の輪のクランメンバーが帰還の手伝いやその後の面倒まで見てくれたのは感謝しているが、それと同時に各々思惑やメリットあってのことなので納得もできる。ただユニスはそもそも自分が異世界人であるという前提情報すら知らなかった。そもそも別れの手紙すら届けていないのだから当然だろう。

 だがそれでも彼女は百階層以降が開放されても神のダンジョンには潜らず、迷宮都市を出て各地を回っていたという。そして偶然帝都でエイミーと合流し、努の事情を大まかに知ってからはダンジョン攻略に協力し百階層で以前と同じような用紙を手に入れた。


(金色の調べから抜ける口実代わりだったとしても、普通何年も続けてきた探索者の立場を放棄するか? どういう思考回路してるんだか)


 そもそも単純に三年もの空白があればどんな間柄でも心の距離は確実に離れていることもあるが、努はそういうこともあって急激な距離感の詰め方にはあまり乗れなかった。それに彼女がこの三年間で捨ててきた立場や機会を想像するに、流石の努も頬をひっぱたくような発言をすることは出来なかった。

 感覚的にいえばただのクラスメイトが自分の借金を全て肩代わりしてくれて生活の保障までしてくれることに近いだろうか。それが家族、恋人、親友、もしくはどうしても自分から大口の借金回収を見込んでいる債権者や、将来に期待している投資家ならばまだ納得はできるが、知り合いレベルの人からポンと渡されるのは気味が悪くてしょうがないだろう。


「えーっと、実はユニスちゃん、迷宮都市に頼れる人がいないらしくて……」
(仮に純粋な好意からくる行動だとしても重すぎないか? それをこっちにまで求められると思ったら逆に怖いんだけど)


 善意として受け取る範疇を越えているユニスの行動に、努は一種の狂気すら垣間見ていた。目に見えている部分こそ普通だが、指を噛み千切ったステファニーにすら匹敵するほどに。


「ちょっと今は無限の輪もごたついてるからすぐには入れられないけど、取り敢えずシルバービーストに打診して探索者として活動できるよう出来る限りの協力はするよ。レベル的にも探索者として需要はありそうだし、問題ないと思うけど」
「あー、うん。そうしてくれると凄い助かるけど……」
「…………」


 帝都に行ったせいで迷宮都市での関係が全て途切れてしまった彼女を放置するのはあまりにもこちらに非があるので、努としてはそう言うしかない。そんな努の思わぬ対応にエイミーは目を丸くしながら、ユニスは調子の出ないような顔でその提案を聞いていた。

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