第482話 利権を守る権利

 


 135階層はそもそも野良でPTをマッチングさせるためか、初めの段階は普段の階層主戦と仕様が異なる。基本的に人数が揃っていればアタッカー二人、タンク二人、ヒーラーが一人のPTに割り振られるが、その選出時間の間は待つことになる。

 既に135階層をクリア、もしくは再挑戦する者たちは直接マッチングする特定の場所に飛ばされる。それ以外にも134階層から138階層までは、探索途中で135階層に挑戦するための白門が現れることが多い。それはマッチングの待ち時間を探索者に感じさせないための工夫だろう。


(やっぱり人数が多い分早いな。最近まで過疎ってたらしいけど)


 そしてかくいう努の前にも134階層に転移してから数秒もしない内に白い門は現れた。それを眺めた彼はその場で腕章を外し服装も一新するように着替えた後、少し時間を置いてから帰還の黒門に入りギルドへと向かった。


(流石に人を増やし過ぎたか、神台が見にくい。……とはいえこれくらい大規模にしなきゃあっちも乗せられなかっただろうしな)


 まだ腕章を付けた者たちがそこそこ残ってはいるものの、主要メンバー含め大半は努の号令と共に続々と孤高階層に潜っていた。それにアルドレット工房の主力が合わせないはずがない。ギルドが作り上げたお祭り気分にも押され、ツトムと当たる運否天賦に身を任せた。

 その証拠に上位の神台にはオルファンのリーダーであるリキや、赤の腕章を付けたアルドレット工房と近しい関係の探索者たちが映っていた。まだ少し混み合っている受付に並びながらそれを見ていた努は一安心するように息をつく。


(実際、オルファン四人に神スナイプされるなんて未来はあっただろうしな。天に任せてもろくなことがない)


 確率でいえば1%もないであろうリスク。これが正当な場の賭け事でもあれば間違いなく突っ張るだろうが、神運営の管理するダンジョンではその確率すらも怪しい。十中八九イカサマを仕掛けてきて、不利なPTを組まされるに違いない。

 だからこそ努は自分をマークしているであろう人物たちが神台に映っているのをこの目で確認し、その人物たちが絶対にいない時間帯を狙って135階層に挑むことを決意していた。

 アルドレット工房に近しいかつ自分に悪意を持つ者とさえ当たらなければ、少なくとも壮絶な戦いになんてならない。特にアルドレット工房側についた者は純粋な金目当てだ。それならこちら側が倍でも出せばすぐに手の平を返すだろう。


(流石にこの数じゃオルファン全員までは確認できないけど、主力は神台に出揃った。最悪他のメンバーと当たったとしてもレベル差がないし対処はできる)


 オルファンの主力であるリーダーのリキ、副リーダーのミーサ。それに街道で突っかかり戦闘を起こそうとしてきたルイス、ラミも神台で確認している。その当人たちは以前に散々コケにされたハンナとPTを組まされているようで、既に戦闘を起こしているようだ。

 それを少し見物してみたい気持ちもあったが、そこまで余裕綽々な状態でもない。特に目ぼしい者たちとPTを組めていなかったリキはジャガーノート・ミニに殺されることによる自殺を試みていたので、努はすぐに134階層へと潜った。

 そして再び数秒もしない内に現れた白門を躊躇なく開け、リキたちが蘇生時間の三分を待機している内に135階層へと転移した。


 ――▽▽――


「おー、まさか本当にあの数の中から当たるとは思わなかった。俺もようやく運が向いてきたのかな?」


 135階層の舞台である闘技場の中心に転移した途端に声をかけられた努は、若干聞き覚えがあったその声の方に振り向く。


「逆に君は運が向いてないみたいだね。赤い腕章三人、それに一人はオルファンの子っぽくない?」
「……そうですね。ロイドさんは付けてないようですけど?」


 稲荷像のように金色の目を細めて努を見つめていたのは、現アルドレットクロウのリーダーであるロイド本人だった。そして努と同様に腕章をつけていなかった彼は腕を掲げる。


「お揃いだねぇ。ということは二対三ということになるのかな?」


 ロイドが視線を投げかける先にはお祭の褒賞金目当てで参加したであろう、装備からしてそこまで冴えてはいなさそうな中年の男女。そしてその中に一人、努としては想定外の人物であるモイという孤児の少女が居座っていた。

 彼女は以前に道端で絡んできたオルファンの手の内の一人だ。だが基本的にはルイスに付いている下っ端のような存在であるため、彼と一緒に行動しているはずのモイがこのタイミングに潜ることはないはずだ。


「……てっきり一対四にでもなるのかと思ってましたけどね」


 ただ今はそれよりも、あのロイドが当然のように味方面をしているのが気掛かりでしかなかった。確かに彼はどちらの話題にも触れずに中立を維持していたようには見えたが、以前起こした行動からして自分を潰す理由はある。裏からアルドレット工房を操っていると言われても納得だし、何よりその表情がルークよりも胡散臭い。


「君を潰そうとしているのはアルドレット工房であって、アルドレットクロウではないからね。それを証明するために赤い腕章組の三割は確保していたのだけど……結果は伴わなかったみたいだ」
「……ステファニーに口でも出されましたか?」
「そうそう。彼女も全てを把握しているわけではないけれど、迷宮都市を出る際に少し釘を刺されてしまったからねぇ。刻印装備で荒稼ぎして莫大な利益を出してくれるアルドレット工房と、一番台の女王に君臨し続けるPTリーダーとの板挟みさ」


 そう言っておどけるように肩を落としたロイドは、途端に真面目な顔で申し訳なさげに頭を下げた。


「今更になって味方面するのも申し訳ないけれど、アルドレットクロウのリーダーとしては君の方に付く方が総合的に得だと判断した。その責務でここに来たのが半分で……あとは俺の個人的なツトム君への興味だね」
「…………」
「ほら君、巷では神の子なんて言われてるじゃないか?」
「……そうなんですか?」


 胡散臭い建前の途中で突拍子もないことを言われた努は神妙な顔でそう尋ねると、彼はにんまりと笑った。


「君の活躍ぶりは古参の探索者なら誰もが知ってるだろうけど、それも神の子だったら当然だよね。それに出自も未だにわからないままで、神のダンジョンで死んだところを誰にも見られていない。実は神のダンジョンで死んだらツトムは生き返れないからあんなに必死、なんて話も聞くよ」
「はぁ」
「……うん。所詮噂は噂だったかな?」


 何言ってるんだこいつ、という言葉が顔に出ている努を前に、ロイドは少し意外そうに仏のような細目を開く。


「まぁさ、神は違えど同じ百階層初の攻略者っていう共通点もあるし、これから仲良くはできないかな?」
(……そういえば迷宮都市と帝都のダンジョンって神運営そのものが違うのかな。レベルとかのシステムが共通してる時点で割と同一か、同じチームみたいな気もするけど)


 そう言って握手を求めるように色白な手を差し出してきたロイドに、努は内心そんなことを考えつつ微妙な顔で応じる。


「それなら先にアルドレット工房を何とかしてほしいですけどね」
「手に入れた利権を守るのは当然の権利さ。もうこの先何も成せる自信のない年長者ほど、死ぬ気でしがみついてくる。君みたいに死ぬ気で取り返す覚悟がない限りは無理だよ」
「……では個人的な停戦協定、というところでどうでしょうか。僕もルークを追い出せるような人を敵に回したくはないですし」
「別に追い出したつもりはないんだけどねぇ。彼はもうリーダーとして限界みたいだったから、俺が優しく肩を叩いてあげただけさ。だからこそ今は探索者として生き生きしてるだろう?」
「陰では死にそうな顔してましたけどね」
「ルークも君にはそういう顔を見せるんだねぇ」
「おっさんが落ち目の時にたまたま居合わせただけですよ。別に前から仲が良いわけではないですし」
「ハーフエルフにおっさんは止めてあげな? ……それじゃ、そういうことでよろしく頼むよ」


 軽く突っ込みながら最後にロイドは応援でもするように手に力を込めてから離した後、ジャガノミニが入場してくる門を開けていいものか様子見している探索者二人の方に向かう。


「積もる話があったものですから、お待たせしてしまってすみません」
「えっ、あっ、いえいえ。貴方は、ロイドさんですよね? アルドレットクロウのリーダーの」
「そうですよ。なったのは最近ですけどねー」


 そうして三人も話に花を咲かせ始めたので、努は未だに立ち尽くしていたモイの方に振り向く。


「あの」
「…………」


 モイの様子を見るにこれが想定外であることが誰にでもわかるような表情をしているため、努は道端で明らかに気分が悪そうな人にでも話しかけるように声をかける。すると彼女は挙動不審に目をきょろきょろと動かし、神の眼を見つけて怖がるように身震いした。


「神の眼はあっちに遠ざけたので会話は聞かれてませんよ。その、大丈夫ですか?」
「……なんで、ここにいるんですか」
「それはこっちが聞きたいんですけど。君はルイスと一緒に潜ったんじゃ?」


 あの時ルイスの八つ当たりで頬を引っ叩かれていた様子を見るに、一緒にというよりもはや強制に近いだろう。それなのに何故今日に限ってズレていたのかと尋ねると、彼女は魂が抜けたような目で澄み切った青空を眺めた。


「ハンナを犯すだ、ツトムを殺すだ、もううんざりなんです。だから何とか言い訳して時間をずらせたのに、当たっちゃいました。どちらにせよもう終わりです」
「……どちらにせよ?」
「負けて帰れば戦犯として袋叩きですよ。かといって勝てる気もしない。どうなっちゃうんだろうなぁ、わたし。帰りたくないなぁ」
「…………」


 先ほどのロイドとはまた違う空虚な笑みを浮かべるモイに、努は言葉に詰まった。説得できるのならそれに越したことはないが、彼女の様子を見るに厳しいだろう。口にしてもどうしようもない言葉。だが万が一の可能性も考慮して努は口にする。


「僕が135階層を突破した後にこちらで身柄を保護する、って言ったら信じてくれる?」
「ははは。そんな遠回りなことをするなら、そもそも135階層突破しないで下さいよ。今回だけでいいんです。そしたら私は英雄扱いされて助かりますよ」
「…………」
「無理、ですよね。わかってます。だって貴方って、まだ神のダンジョンで一度も死んでないんですよね? そんな偉業を崩してまで、私を救ってくれますか? それなら私を保護するなんて綺麗ごとも信じられます」
「…………」


 努の本心としてはそんな偉業などどうでもよく、単純に死にたくないだけだ。だが一般的な探索者からすれば下らないともいえるそれを口にしてもモイの気持ちを逆撫でするだけなので、沈黙を返すしかなかった。

 すると彼女は何度もついたであろうため息と共に腰のホルダーから双剣を引き抜いた。


「大人の人ってみんなそうですよね。口では綺麗ごと言うけど、自分が損するってわかると平気で見捨ててく。口だけは達者な偽善者ばかりです。なら初めからそんな嘘つかないでって、何度も思いました」
「確かにそうだね。中途半端に口を出したことは謝るよ。ごめんね」
「…………」


 まるで罪でも認めたかのような努の態度。それが癪にでも障ったのか、モイは弱気そうだった目をかっ開いて突っ込んできた。


「君が悪いとは思わないけど、僕が悪いとも思えない」
「っ!」
「それに偽善者じゃなかったダリルを裏切ってリキに付いてる癖して、今更被害者ぶるなよ。犯罪者が」


 その双剣をスキルも使わずに刻印の施された強靭な杖で弾き返した努は、落ち着き払うように深く息を吐いた。

 コメント
  • 匿名 より: 2021/08/17(火) 11:32 PM

    クランリーダー2人VSモブ3人って…
    肩書だけなら戦力差エゲつないな
    チームとして機能するかはおいといて

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 12:06 AM

    謝ったところであれ?と思ったけど安定の努で笑ってしまいました!盛り上がってきました!更新ありがとうございます!!

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 1:50 AM

    白門?
    白門はレイド戦じゃないっけ?
    135階層はレイドなの?

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 2:05 AM

    これは熱い展開
    ツトムの主人公が炸裂してる

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 2:09 AM

    ロイドあやしいけどおっさん呼びの件で印象が変わるわね

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 3:42 AM

    ハンナは魔流の拳の余波で強化シェルクラブ戦アーミラ殺してる

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 7:57 AM

    ほんまおもろい…悶える展開
    続きを…

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 9:24 AM

    これ他の主人公ならこの孤児の女の子を救ってハーレムの一員に〜とかやるけどこの犯罪者!とか言って戦闘する努尖ってて好きだわw

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 10:02 AM

    ダリルのやった事は偽善的な行動だったけど
    それでも向き合うべき所は
    ちゃんと向き合ってたけど
    最後に規律関連でしくったなぁ
    (努との関係?知らんな?)

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 10:25 AM

    最初リキはツトムとの再マッチングに賭けての自殺かと思ったけど
    ハンナを襲う計画もあったみたいだから単純にハンナから逃げる為に自殺したんですかね
    相変わらずの小物っぷりに笑う

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 10:29 AM

    ロイドってIGLだよね?
    チームに2人IGLいるけど戦闘どうするのか楽しみ

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 12:18 PM

    更新ありがとうございます。
    いよいよですね!
    努!頑張れ!

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 12:54 PM

    更新助かる

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 1:34 PM

    努はダリルに情がないって言ってるやつ、単純に自分の気持ちを努に押し付けてるだけな気がする
    自分がダリル嫌いなだけじゃん

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 1:50 PM

    おお…全然pt予想できてなかったわw(ガルムとかハンナは絶対いないと思ったけど。
    最近は続きが楽しみ過ぎてヤバい。

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 1:51 PM

    ゲーマーがそんな簡単にリアル対人強くなったりはしないと思うが、まぁフィクションだしな。自然さだけで言えば害意を持った相手が大声上げて剣を振り上げればビビって目を瞑るくらいが普通だろう。とはいえまぁ、訓練相手が対人最強格のエイミーとガルムだからな…

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 2:20 PM

    >最初リキはツトムとの再マッチングに賭けての自殺かと思ったけど
    .
    それであってる。
    リキは「目ぼしい者と組めなかったので自殺」
    ルイスとラミは「ハンナとマッチングしたので早々に戦闘開始」
    .
    なお、ハンナを目の敵にしてるのはルイス一味で、リキはハンナと確執はない。
    また、リキとルイスは、今はツトムがらみで同じ方向を向いてるものの、元々はオルファン内でも対抗勢力の関係だったかと。

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 5:12 PM

    IGLってなんですか?

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 6:01 PM

    いきがい

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 6:35 PM

    いままで使い道の無かったのに練習したスキルの染色やスキルアートもここで花開く感じですかね。

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 6:47 PM

    人間関係コメントありがとう

    リキは孤児のバカリーダーと覚えてるが、ルイスなんて記憶から消えてたわ
    よくみんな覚えてられるなあ

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 8:18 PM

    対人って言うけどおそらくは基本的に探索者は対人戦はド素人。なろう話でちょくちょく出ると思うが、対モンスター特化/ダンジョン探索戦力特化だろう。メルチョーが人型モンスター出るとキャリーで対戦欲求満たそうとするのが何よりの証拠。
    対人で熟練度があるのは、エルフやギルド員や軍経験者だろう。森の守り手のエルフや元騎士/兵士は侵入者や対抗者対策に。ギルド員や警備団員は職務遂行のため。
    なのでダンジョン探索者は基本スキルか物理ゴリ押しで対人技能はすっからかんだろうね。

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 8:19 PM

    IGL=イリーガル
    じゃね?

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 9:08 PM

    ダリルは若すぎたんだ大目に見てやれよ…と思ったけどツトムもかなり若いやんけ!
    会社員辞めてプロゲーマーになったうえに海外のトップチームに一人で移籍して結果出してるんだからとんでもねえ奴だし、身体を鍛え直して好きだったゲーム世界に戻ってきたんだから弱いわけないよな。ほぼ全てのジョブについても網羅してるし。

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 9:17 PM

    対人用装備に対人用刻印があっても不思議じゃないし、

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 9:41 PM

    アタッカーの攻撃をヒーラーが切り払い、アツイっ!体を鍛えたついでに演算処理用に脳みそ3個から5個へ、増やしたのでは?

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 10:15 PM

    対人能力がどうあれ、目の前でトゲのついたデカい鉄球ブン回されたら小手先技術磨いたところで勝てっこないでちゅ……

  • 匿名 より: 2021/08/18(水) 10:59 PM

    更新頻度上がっててうれしい

    入念な対策して、数では拮抗してるはずなのに白腕章0人かよ。神運営はあいかわらず努のこと玩具だと思ってるんだなー

  • 匿名 より: 2021/08/19(木) 12:02 AM

    IGL= In Game Leader(インゲームリーダー)の略。 ゲーム内(試合)における司令塔を指す。

    これっぽい
    gglks

  • 匿名 より: 2021/08/19(木) 12:19 AM

    135階層戦はなんとかなりそうな雰囲気ですね。
    モイの言い方はムカつくが「見逃したら本当に保護してくれるの?口先だけじゃないという保証がないと信用できない」という考え自体は至極真っ当なのですよね。
    ツトムとしてはそこまで悪しざまな言い方される謂れもないですが。
    ツトムが隙を見せた時にロイドもどう動くのかわかりませんし次の展開が楽しみです。

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