第705話 羽化準備

 それから努とフェーデは互いにフェンリルと契約し、ふれあい会で行う餌やりなどが問題なく行えるか確認していた。それには周辺にいた手すきの職人たちやその家族、二人のことを見知っている精霊術士などが率先して参加した。

 その中にはまだ乳飲み子の息子を抱っこ紐で抱え、四歳くらいの娘と手を繋いでいる母親もいた。そんな者たちに対してフェンリルは尻尾を軽く振り、穏やかな視線を向けていた。

 そんな様子を見た努はふと疑問を口にした。


「そういえば子供って大体の精霊と相性良さげじゃない?」
「まだ適正が決まっていないからでしょうねー。調べたところ十歳くらいまでは満遍なくいいらしいです」
「……絶対に精霊相性が万能な子供たちか。悪い大人が集めてどうこうやりそうだね」
「実際、そういう事件あったみたいですよ? 私はギリギリ世代じゃないですけど、今でもおとぎ話みたいに言い聞かされてるとか」


 そんな子供の精霊術士を誘拐し兵器とした犯罪クランは確かに存在していたが、ギルドの働きにより抹消され現在では児童が誘拐されないよう注意喚起も為されている。それからそういった事案は発生していない。


「もし僕が子供の頃に神のダンジョンあったら最強だっただろうに」
「精霊術士じゃないと微妙ですよ」
「頼む、転職させてくれ」
「それが出来たら苦労はしないんですけど。私も普通にヒーラーとかやってみたいですよ」
「ぜっ……ぜっ……」


 そうこう話しながらフェンリルが人に対して問題を起こさないかの確認を済ませていると、息も絶え絶えな緑髪の女性が飛び込んできた。彼女は息を整える間もなく努に近寄ろうとしたが、フェンリルに唸られたことでその足を止める。


「……えーっと、ツトムさん。リーレイアに誤解なきよう説明はお願いしますね?」
「精霊祭に出ることは既に知らせてたし、フェーデが思ってるようなことではないと思うけどね。ヒール、メディック」


 努は冷気を発しその牙に氷を纏わせ始めたフェンリルの鼻筋を撫でて落ち着かせつつ、どういうわけか全力疾走してきたであろうリーレイアに回復スキルを当てる。


「フェーデの、精霊祭の準備は、終わりましたね。それでは、こちらの準備にも付き合っていただきたいのですが」
「……レヴァンテのイルカショーでもやるのかね」


 リーレイアも本祭に参加はするが、自ら出し物を行うことはないと聞いている。そんな彼女の言い分に努はそうぼやきつつ、警備団からの承認も済んだので解散することとなった。


『…………』
「それじゃ、またクランハウスで。フェーデ、本祭はよろしく」
「了解です! 今日はわざわざありがとうございましたっ!」


 まだ戯れていたかったであろうフェンリルに努がそう言うと、その大きな白い尾が持ち上がって揺れた。その尾で肩をばしんばしん叩かれているフェーデも笑顔で努たちを見送った。

 そして職人街を早足で歩いて距離を離したリーレイアは、興奮冷めやらぬといった顔で口を開く。


「本日の昼過ぎ、浮島階層でアスモが反応する祭壇が発見されたとのことです。実際に神台で幼虫のアスモが糸を吐き始めて繭状態を目指している様子も確認されたようです。恐らくあそこでツトムが精霊契約をすれば、羽化すること間違いないかと」
「浮島階層か、なるほどね。でも僕らが探索した限りじゃ、そんな祭壇は見当たらなかったよね。何か条件でもありそう?」
「……神の眼を切って情報の秘匿はしていたようです」
「あぁ、そうなると特殊な条件があるだろうね。それこそ、どこだっけ? フェンリル契約できる階層」
「92階層ですね」
「そうそう。あれもフェンリルと契約するまでややこしい手順踏んでルート入らなきゃいけないでしょ? アスモもそれに似たパターンかな」


 外のダンジョン環境に近いモンスターが存在する92階層で探索者たちは初めてフェンリルと相まみえることになるが、初見ではどう足掻こうと氷狼敵対ルートは避けられない。

 その悲劇を避けてフェンリルとの精霊契約ルートに入るには面倒な手順が必要であり、恐らくアスモもその例に漏れないだろう。そのことはリーレイアも理解していたのか、縋るように努の手を取って横から覗き込む。


「その手順、ツトムならわかりませんか? 迷宮マニアからの情報と貴方の知見があれば、解けないものではないと思っています」
「いや、流石に解けるわけなくない? 浮島階層でアスモの祭壇探してたなんて初耳だし、精霊に関していえばリーレイアの方が情報通でしょ」
「私が知っている情報については全て開示します。……このままでは、あのアスモが羽化する初めての姿をみすみす見逃すことになるんですよ? 忘れたとは言わせませんよ、私たちが共に過ごしたあの一夜を」
「凄いんだぁ、言いがかりが」


 努が初めてアスモと契約した際にはまだ誰も見たことがない蛹状態で出現した。それからありったけの光魔石を捧げ座して待ったリーレイアに付き合わされる形で、彼も丸一日神のダンジョンに籠ったことがある。

 強引な建前をぶつけたリーレイアはすぐに次善策を口にする。


「それに本祭で羽化したアスモをツトムがお披露目でもしようものなら、モテモテ間違いなしですよ。いいんですか、モテなくて。このままあの狐とゴールするおつもりでもないでしょう?」
「それはそうなんだけど、その祭壇を自前で見つけた人たちが天晴ではあるよ。それを覆すんだとしたら、リーレイアも自前で調査するしかないね。僕はアスモと契約しに付いていくだけなら協力するけど、この状況で調査までしてられない」
「……わかりました。ただ、脳ヒールはお願いできますか? 普段の探索に共同戦線もあるので時間がどうしても足りません」
「了解」


 ここまでが交渉ラインだと考えていたであろうリーレイアにそう告げた努は、精霊愛でゴリ押されなくて良かったと一安心した。そんな努に彼女は握っていた手を爪でちくちくした。


「ただ、これで解決というわけでもありません。アスモの初お披露目をこの目で見られなかったら少し恨みますよ」
「もうカイコってネタバレされてるんだしいいでしょ」


 アスモの幼虫状態の外見から見るに、帝都の特産である絹を作る虫の中でも唯一の家畜であるカイコに近いであろうことは既に精霊術士の間で考察されている。そんな努のやる気がない返答にリーレイアは目を剥いた。


「確かに予測はされていますが、それが実際にそうであるかは目にしなければわかりません。それに180階層もこうしたダンジョンの探索によって糸口が掴めることも有り得なくはないでしょう。現に、共同戦線では帝階層の情報交換と調査も為されますし」
「それ、僕に言っても大丈夫な情報なの?」
「それでツトムが関心を示したならステファニーは咽び泣いて喜び、私に礼を言うでしょうね。今でも彼女だけはツトムが共同戦線に合流するのを待っているようですが?」
「それじゃあ僕がわざわざ啖呵切った意味がなくなっちゃうよ。……まぁ確かに帝階層にもまだ何かありそうだけど、僕の感覚からすると違う気もするんだよねー」


 各将軍たちの武器を偏らせることで発生する階層主に対しては帝階層にあるであろうギミックが活きる気もするが、現状の四季将軍:天は正道ルートな気がしている。このまま四季将軍:天と赤兎馬を同時に討ち取るまで攻略を進め、後は式神:月がどう動くか。


「……しかし、この調子で半年以内に終わりますか?」
「少なくとも蘇生無効の浄化みたいなギミックない限りは大丈夫なんじゃない? 仮に出たとしても切り替えも出来そうだし」
「それならアスモを求めて旅に出る余裕もありそうなものですが。何せ本祭も来週に迫っていますし」
「もう充分モテてるよ。帰れ帰れ」


 努はそっとリーレイアの手を振り払おうとしたが、まるで鋼のように握り込まれて抵抗する間もなくギルドの方へ引っ張られていった。

 コメント
  • 匿名 より: 2025/03/15(土) 4:47 PM

    ライダン廃人の勘だからなぁ

    神ダンがライダンを基にしている以上
    設計思想はそこからの派生になるから
    ツトムの経験則もある程度は通じるんじゃないか?

  • 匿名 より: 2025/03/15(土) 5:45 PM

    ウルフォの浄化に当たるのが式神流星なのか?月がかんしゃく玉みたくバフとデバフかけてるとか?

  • 匿名 より: 2025/03/15(土) 5:56 PM

    狐とゴールしてもいいんですよ?

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