第724話 雷親父

 努はフェーデをクランハウスへ送り届けたのち、早めに帰って久々に八時間ほど寝てコンディションを整えた。それから朝に集まったクランメンバーたちとギルドに向かい、まずは魔石のノルマを稼ぐために179階層へと潜る。

 編成としては普段通りのPTメンバーであるガルムとアーミラに、重騎士のダリルと精霊術士のリーレイアが加わった形である。


(ま、まとも~~~~~)


 そんなPTで戦闘をこなしていく中、努は久々の受けタンク二枚構成を前に感動していた。ヒーラーとして全体的な指示出しこそするものの、個別に目をかけなければならないPTメンバーがいないことがこんなに楽だとは。

 ハンナに回していた思考リソースを自身の立ち回りに活かすことが可能となり、ヒーラーとしての視野はより広がり精密さも増した。まるで頭の重しを外したかのような爽快感に自然と笑みが零れる。


(ゼノと組んだらもうおかしくなっちゃいそう。181階層からは絶対ゼノと組もっ)


 多少は指示を待つ姿勢のあるダリルですらこれなので、自発的にヒーラーを担うゼノと組んだ日にはアタッカーの自我むくむくでトロールをかましかねない。昨日からこうなることを予期はしていた努は、案の定の解放感で天にも昇る想いだった。

 努が伸び伸びと羽を伸ばしている姿には数ヶ月PTを組んでいるガルムとアーミラも気付き、含み笑いを漏らしていた。ダリルとリーレイアは彼の支援回復にさして違和感を覚えず、様々な式神を倒して魔石を回収していく。


「180階層はどうします?」
「一回目は普通に戦ってみて、二回目からはエレメンタルフォースありでいいんじゃない? ダリルも新しい鎧試してみる?」
「いや、最近は赤兎馬コリナさんかリーレイアさんが受け持つようになったので」


 赤兎馬相手にはVITを上げてもあまり意味がないため、ダリルはその他のステータスを上げる攻撃的な全身鎧の運用も為されていた。ただ今となっては彼が赤兎馬を受け持つことはなくなったのでフルアーマー装備に戻っている。


「あーね。じゃあリーレイアに任せて四人で将軍抑える形でいこうか。うぉー、かっちかちのタンク三編成! ダリルもガルムくらいは耐えてくれな、四季将軍の編成違うけど」
「無理だとわかってて言ってますよね……。冬受け継がせても耐えられるなんてガルムさんくらいですよ」
「とはいえパリィできる騎士ならいずれ嫌でも慣れるし、セレンとかならいけそうだけどね。後追い狐もそうだし。ま、精々使い倒してやるから前張ってくれ」
「……みんな早く帰ってこないかなぁ」
「ハンナじゃない分、赤兎馬の削りはほぼないから、それはガルムたちも把握しといてね。合流されてからの流れは普段通りにはいかなそう」
「あぁ」


 魔石の回収と並行して180階層の打ち合わせをしている中、アーミラはふと顔を上げた。


「つーことは俺がアタッカー寄りかぁ?」
「そうだね。夢の神龍化二回いけるかもしれないよ?」
「そりゃいいな。出来た試しはねぇが」
「打った後のデバフでアーミラに前線抜けられると普段は崩壊するからね。そこはダリルが代わりに耐えられるかどうかだ」
「やれんのか、おい」
「無茶言わないで下さいよ……。秋冬仕様なんてほとんどやったことないんですから……。」


 夢のロマン砲打ちたさでせっつくように肩をどついてくるアーミラに、ダリルはげんなりした顔で答える。その内にシルフを頭に乗せたリーレイアもついでに尋ねる。


「精霊編成はどうしますか? こちらはシルフが確定で、出来ればウンディーネも欲しいところですが」
「それじゃあこっちは四大精霊以外でいこうかな。基本フェンリルで、たまにレヴァンテ雷鳥辺りで火力でも出すかな」
「幅広くて羨ましいことです。何ならフェンリルに乗れば赤兎馬の引き付けまで出来そうですが」
「まだフェンリルに加減されてるからね。氷狼姫くらい練度が上がればいけるんだろうけど」


 努もフェンリルへの騎乗こそ可能だが、まだ加減されている有様なのでフェーデのような異次元の動きとまではいかない。するとリーレイアは指に組み付くシルフをやんわりといなしながら目を細めた。


「そういえば昨日はてっきりフェーデとエレメンタルフォースでもしてくるのだと思っていましたが、意外と早いお帰りでしたね」
「あぁ。フェンリル込みのやつは羨ましがられたけど、僕じゃなきゃ出来ないわけでもないしね。レヴァンテとかは出来そうだけどまだやったことないから怪しいし」
「……ツトムさん。そういうことではないと思いますよ」


 完全にダンジョン脳となっている努の真面目な返しに、ダリルは呆れ交じりの声でそう補足した。するとリーレイアがくるりと振り返り、とぼけた顔で彼を見つめた。


「はて? どういうことですかダリル?」
「……はいはい」
「おい、説明しろやコラ。夜のエレメンタルフォースがなんだって?」
「…………」


 竜人たちに挟まれたじたじな様子のダリルを前に、努は隣にいるガルムを見上げた。


「楽しそうでいいね」
「かもな。ツトムがエイミーとギルド長の板挟みになっていた時も、あのような感じだったぞ」
「そんなこともありましたかね」


 アタッカーとしてどちらが良かったかを問われてフラッシュ逃亡を図ったことを話しながら、努たちは千羽鶴を削って今日のノルマである魔石と宝箱の回収を済ませた。そしてドロップ品の売却と休憩も兼ねて帰還の黒門を目指して戻る。

 今日は現在努が使用している白魔導士用の装備が宝箱から出たので、ストック出来たぜと彼はほくほく顔である。その道中でウンディーネと契約していたリーレイアは、水精霊からの意図を汲み取った後に努へ近づく。


「ツトム、昨日ウンディーネと何か不味いことでもしましたか?」
「……あるような、ないようなって感じだね。どうしたの?」


 精霊術士たちは精霊とある程度意思の疎通が可能である。ただそれは飼い犬や猫の意図や気持ちが何となくわかるくらいの範疇でしかなく、明確な言語を交わせるわけではない。

 しかし先日ミナが蠅に対して発した虫語は翻訳できていたので、それなら精霊ともやり取り出来るかもと思い努は人型のウンディーネに話しかけた。

 努がいる手前その美しい外見を保っていたウンディーネは、気まずそうに視線を逸らしていた。そのまま視線を二転三転させた後、お冠ですと言わんばかりに腕を組んで努を見下げた。そしてパッと表情を戻してまた俯いた。


「ツトムの契約しているウンディーネがお怒りのようですが?」
「昨日、この指輪を通じて変な気を回したからね。女性と接するたびに干渉されるのは困るから、指輪外しただけだよ」


 下手をすれば色々な物品が入ったマジックバッグの価値をも超え得る、精霊からの祝福であり呪いでもある守精指輪を取り出した努を前にリーレイアは息を呑む。


「……エレメンタルフォース、してるじゃないですか。指輪外して」
「やったんですか! ツトムさん!」
「隠語みたいに言うの止めてくれる? してないってば」


 さっき見捨てた恨みだと言わんばかりに追及してきたダリルに思わず笑いながらも、努は手を振って身の潔白を主張する。


「契約――ウンディーネ」


 直接本人を呼び出した方が早いと判断したリーレイアが努に契約を施すと、水餅のような形状をしたものがぼちゃりと落ちてきた。どちらが顔かもわからないまるっとした水精霊であるが、その身を捻り努の方を見ようとしない。


「めちゃくちゃ拗ねてるじゃん。こりゃしばらく使い物にならないかもね」
「何をしたらこうなるんですか……。人型からこうなった例など見たことありませんよ」
「それでも毎回邪魔されるわけにもいかないし、仕方ないね。それじゃ、ついでに雷鳥もお願いできる? あ、みんな耳は塞いでおいた方がいいかも」


 今のウンディーネとまではいかないだろうが、一匹だけ精霊祭に呼ばれなかったことでお怒りかもと予測した努は全員に耳を塞がせた。特に獣人の二人は聴覚が鋭く、爆音には弱いため犬耳を畳んで手でも覆った。


「契約――雷鳥」


 努の予想通り轟雷と共に空から飛来した雷鳥は、その身に紫電を走らせ紫色の裏毛を逆立てていた。普段からも鋭く威圧感のある目は更に研ぎ澄まされ、金の鶏冠とさかはそそり立っている。

 そんな雷親父を前に耳を塞ぐのを止めた努は、前に立とうとしたガルムとダリルをまぁまぁと宥めながら前に出る。下手にこちらが戦闘態勢を取ると雷鳥が受けて立ちかねない。

 そしていつの間にやら人型になって様子を窺っていたウンディーネを一瞥した後、努は雷鳥に視線を戻す。


「いや、呼べないでしょー。一般人相手にこれやったら僕が捕まるよ?」
『…………』
「精霊祭はあくまで人の風習に基づいた祭りだからね。そんな祭りに僕の雷鳥を呼ぶ方が失礼に当たると思ったんだよ。障壁魔法で囲まれた鳥籠の中じゃ、自由に空も飛ばせてあげられないし」
『ギィ』
「ちなみに、障壁魔法壊したら僕は重罪で投獄されるからね」
『…………』


 障壁魔法なぞ紙切れのように消し飛ばしてやると勇ましく鳴いた雷鳥であったが、努の補足で面倒くさそうに目を線のように細めた。人間社会とはかくも面倒で息苦しいが、だからこそ自然の摂理である弱肉強食に逆らうことができる。


「あいたっ、いたっ」
『ギッ、ギッ』


 見た目は刺々しいくちばしだが先端は曲線があるので、気を遣っている雷鳥に頭をつつかれている努は怪我をせずに済んでいた。そうしてまだ人間社会の枠に囚われている契約主にお灸を据えた雷鳥は、説教じみた鳴き声を上げる。


「へいへい。すみませんでしたね。それじゃ、180階層でも期待してるよ」


 最後に守精指輪を突かれて静電気をピリッと流された努が指を擦りながらそう言うと、雷鳥は胸を張るように金色の翼を広げて空高く飛翔した。電撃をはらんだ翼が空に雷の弧線を描き、やがて雲間へと消えていく。


「とんだ雷親父だね」


 努は雷を振り撒いて雲を散らしている雷鳥を見上げてぼやいた後、リーレイアの隣に控えていたウンディーネを見た。努の視線を受けた水精霊はぎくりと肩を揺らした。

 そんなウンディーネを安心させるように努は笑顔で歩み寄ってその手を取った。


「いやいや、今回は邪魔してこなかったから偉かったよ。何でもかんでも手出しすればいいってわけじゃないからね」
『…………』


 ウンディーネは先日邪魔だと切り捨てられたことを根に持ち、敢えて雷鳥の蛮行を見逃していただけだった。なので努の褒め言葉がまるで刺さらず視線を落とすばかりだった。


「…………」


 その隣に控えているリーレイアの目が言っている。抱けと。しかしそれをすると自分が水死体になることが想像できた努はウンディーネの肩をぽよぽよと叩くに留め、全精霊コンプリートした守精指輪をマジックバッグにしまった。


「それじゃ、帰るよ―」
「あれはあれでどうなんですか? ガルムさん」
「身持ちが固くて良いんじゃないか?」
「お前さ……逆にツトムの悪口言ってみろよ」
「…………」
「思い浮かばないとか言うんじゃねぇぞ?」
「…………」


 真顔で努擁護マシーンと化しているガルムを前に、アーミラは壊れたテレビでも直すように叩いてみたが反応はなかった。

 コメント
  • 更新感謝 より: 2025/06/19(木) 8:40 PM

    お疲れ様です。
    ガルム嫁、怒った時が怖いな…wないかなー?

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 8:55 PM

    全肯定ガルムw

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 8:55 PM

    今回なんかめんどいことなくて
    ツトムものびのびしてるから
    読む側も読んでて楽しいね
    ロイド関連とか解決して
    気楽にダンジョン探索できるようになると良いなぁ

    夜のエレメンタルフォース(意味深)

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 8:56 PM

    エレメンタルフォースを隠語にするのは流石に草はえるwww

  • 更新ありがとうございます! より: 2025/06/19(木) 9:02 PM

    あーガルムが嫁!一番しっくり来る!

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:04 PM

    エ、エロメンタルフォース

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:07 PM

    更新ありがとうございます
    エレメンタルフォースがエレメンタルフォース(意味深)に…
    一般界隈と一部の業界で言葉の意味が変わって行く過程を見れた
    ツトムはもう、レオンと同等にハーレム関係の修羅場のおさめ方を
    語り合えるのでは?

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:13 PM

    いやいや雷鳥さん、人間社会の枠に囚われるなって説教されても困るわw
    まあ最初から無理と決めつけずに、どこまでならセーフなのかあらかじめ雷鳥に聞いておけば拗ねるのも回避できた気はするが。登場がうるさいと言われてちゃんと抑えたくらいにはツトムの言うことも聞いてくれるんだし
    拗ねまくっても怪我を負わせることはしないんだから、精霊達はやっぱり優しい(ただしツトム限定)
    鬱憤はぜひ天将軍達にぶつけてくれ

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:14 PM

    ツトムが楽しそうで何よりです
     
    おまえらもエレフォ隠喩に使うんかい!w
    ということはダンジョンでエレフォするのは実質公開セッ(ry

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:19 PM

    更新ありがとうございます。夜のエレメンタルフォースは草。

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:28 PM

    こいつらエレメンタルフォースしたんだ!

  • ばーる より: 2025/06/19(木) 9:31 PM

    更新ありがとうございます(・∀・)
    雷親父が、なんだか可愛く感じてきた…
    精霊みんな可愛くて好き!
    次回も楽しみにしてます!

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:31 PM

    ツトムが自分がアタッカーをするときのサブヒーラーとしてコリナよりゼノを選んでいる件

    こいつら良い肉でパーティーしたんだ!

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:34 PM

    会話も攻略も安定しててこのままクリアーしてしまいそう。

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:44 PM

    フェーデとエレメンタルフォースで爆笑しちゃった

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:52 PM

    じゅ、需要が半端ねぇ、、、!!!
    何かが起こりそうで楽しみすぎる!

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:55 PM

    「エレメンタルフォースしたのか?私以外のやつと。」
    と大好きな彼(ツトム)に詰め寄る女性陣の姿が見える

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:56 PM

    マスコミとかに見られてなくてよかったよなぁ
    翌日新聞とかで精霊祭でフェーデと夜のエレフォへとか見出し書かれて腕組んで歩いてる絵とか写真をつけられて終わっていたところだ

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 9:57 PM

    ハンナがいない分リソースに余裕があるツトムの指示があれば、慣れてないダリルでもサブタンクは可能だろう。ロレーナから着想を得た七色の杖での補助もあるか、このまま180階層クリアしてくれても一向に構わん。どうせ全員クリアするまでは次のPT編成はない、そろそろアルドレとギルドを見返す展開が欲しい
    次の指名権はヒーラーだから、ゼノとは組めるだろうがハンナはコリナも嫌がりそうだ
    あとディニエルが戻ってくるから第3軍問題もあるな

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 10:03 PM

    ヒロインレースの参加者が増えるなぁw

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 10:12 PM

    エレメンタルフォースしたんですかは草

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 10:36 PM

    なんつーかダリルに対するセクハラが酷い竜人処女達やね。
    ウンディーネのヤンデレムーブを見るに、邪魔扱いは後々のことを考えれば正解。
    そして、精霊原理主義者の抱けは地雷踏めと言ってるのと一緒

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 10:49 PM

    これで全精霊コンプなのか
    レアな隠し精霊が居ても良い気がしたが

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 11:12 PM

    エレメンタルフォースをこういう使い方するのは笑った
    精霊使いの間では普通に使われてそう

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 11:31 PM

    更新ありがとうございます!
    ウンディーネを邪魔って言って切っといて、今回は邪魔してこなかったから偉かったよと褒めるムーブ、天然タラシだ!
    ( ゚д゚ )クワッ!!
    そして、夜のエレメンタルフォース以外にも、思春期の男子には朝のエレメンタルフォースというのがあってだな、おっと眠気が来たようだ(つ∀-)オヤスミー

  • 匿名 より: 2025/06/19(木) 11:40 PM

    アスモはいつの間にか登録してたのかされていたのか
    わからないけど雷鳥お爺ちゃんで精霊コンプリート
    シークレット精霊とかも居たらそれはそれで面白そう

  • 匿名 より: 2025/06/20(金) 12:40 AM

    更新お疲れ様でした
    エレメンタルフォースをえっちい隠語にすんのかい
    やっと出た雷鳥で指輪フルコンプおめ
    180階層は雷鳥やアーミラがイケイケどんどんとクリアしてほしいけど、やっぱ月が気になるんだよな〜

  • 匿名 より: 2025/06/20(金) 3:51 AM

    あなたとエレメンタルフォースしたい

  • 匿名 より: 2025/06/20(金) 4:43 AM

    これで将軍をいいところまで追い詰めたりあわよくば倒しちゃったら強敵と戦うときにハンナとPT組むことがデメリットにしかなりえないことが証明されてしまう…

  • 匿名 より: 2025/06/20(金) 4:56 AM

    エレメンタルフォース・・・フフフ
    エレメンタルフォックスしたい
    > 赤兎馬コリナさん
    格助詞ななにかがないせいでゴリナさんとうとう人辞めたのかと

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