第748話 帰る?

「……私は、敗れたのですか」
「…………」


 亜麻色の服を着せられているステファニーはがっくりと肩を落とす。その隣にいたディニエルは四本指をピタリと付けた鋭い手を差し出していた努を、マジかよこいつといった目で見上げている。

 そんな光景を目の当たりにした大剣士のラルケは肩をわなつかせた。


「おい……!!」
「だぁーーってろよラルケよぉ! そんなに納得いかねぇなら俺が相手になってやんぜ?」


 以前の模擬戦で完封されたことが余程悔しかったのか、アーミラはラルケに対してにやにや顔で邪魔立てした。


「…………」
「…………」


 ビットマンはガルムと視線を合わせてから事を理解し、無言で立ち上がりニッと口角を上げた。暗黒騎士のホムラは乱れたぱっつん髪を整えながら、何だなんだといった様子で一同を見回している。

 そして各員の意気消沈ぶりに満足して手を引っ込めた努に対し、ディニエルは立ち上がり視線を合わせた。


「……でも、どうやって? ツトムのPTで私たち以上の火力が出せるとも思えない」
「ふふーん♪ あたしも頑張ったっすからねー?」
「……それで、どうやって?」


 途中ドヤ顔で割り込んできたハンナに一度視線をくれたものの、無視したディニエルは改めて努に問うた。ハンナの青翼に羽根抜けが見受けられないことからして、魔流の拳一辺倒で突破したわけでないことは推察できていた。


「それは企業秘密だけど、どうせ神台で動画流れるでしょ。詳しくはそれを見てね」
「あぁ、そう。……それじゃ、180階層終わったら私も帰るから」
「帰る?」


 そんなディニエルの言葉を努は復唱してきょとんとした表情を浮かべた。


「見限った相手に負けておめおめと出戻ってくるではなく?」
「…………」
「ぎゃははははっ!! 違ぇねぇ!!」


 その返しにディニエルは眉間にしわを寄せて視線を逸らし、アーミラは爆笑していた。流石にリーレイアほどではないが、彼女とて一足抜けで無限の輪を見限った彼女に対して思うところがなかったわけではない。


「し~~しょ~~~う~~?」


 ただ無限の輪の初期メンバーには何としてでも戻ってきて欲しいハンナは、抗議するように彼の腕を取って自身の谷間に押し付けた。それにはディニエルと旧来の友であるためやんわりと止めようとしていたエイミーも思わず目を剥いた。


「なっ、何やってんだぁ!?」
「言うこと聞かない師匠にはこれに限るっす!」
「お前マジで止めろな。風評被害も甚だしい。エイミー、確保」
「このおっぱい野郎がぁ――――!!」
「ぎゃあぁぁぁぁ!?」


 公衆の面前でこれをやられるのは社会的な死も有り得るため、努はすぐに離れてエイミーに確保させた。その二房をもぎ取るようにした彼女にはハンナも悲鳴を上げ、ディニエルはしらーっとした目をしている。


「爛れてる」
「誰のせいだよ。ま、180階層の突破、精々頑張ってくれな?」
「うざ」


 自分を手折った人間はまだ健在だった。ディニエルはそう認識を改めてマジックバッグを片手に更衣室へと向かっていった。


「健気な婆さんもいったところで。おーい、ステファニー? そろそろ立ち直ったかー?」
「……はい」


 そんな努の呼びかけに彼女は恐る恐るといった様子で立ち上がる。そして彼が歩み寄ってきたことで唇をきゅっと引き結ぶ。


「何はともあれ、お疲れ様。これからもよろしく」
「…………えっ」


 そうして差し出されたのは先ほどとは打って変わって優しい手だった。そのことにステファニーは心底驚いた顔をしてそれを見下ろした後、その双眼からぽろぽろと涙を零す。


「わっ、わたくしは、師である貴方の実力を、疑ってしまいました……それなのに……」
「いや、そりゃあ三年ぶりに帰ってきたのに態度がデカい師の実力なんて誰でも疑ってかかるでしょ? 弟子はいつか師を越えていくものだし、僕としてはステファニーが食ってかかってきたのは嬉しさ半分でもあったよ」


 子がいつか親を越えていくように、弟子もまた師を追い越すものだ。実力と周囲の評価からして一番であろうステファニーが自分に楯突いてきたことには、努は嬉しさ半分ムカつき半分だった。

 ウルフォディアに半年かけてバカンスに興じてた奴ら。そのムカつきも嘘ではない。ただその鬱憤は既に吐き散らしているため、ステファニーに対しては皮肉を言う気も起きない。


「ステファニーとロレーナを筆頭に、他の白魔導士もいまや基本は出来てきてる。それに祈祷師も台頭してきてるし、ヒーラーの腕を競うにはもってこいだ。いずれは僕も抜かされるかもしれないけど……しばらくは負けてあげるつもりはないよ」
「はい……! はいっ……!」
「そういうわけで、今後ともよろしく。少なくとも200階層まであるだろうし、挑戦の機会はまだまだあるよ」


 そう言って亜麻色の服に黒点を作っていたステファニーと本来のGGを交わした努は、まだ眉間にしわを寄せているものの多少は鳴りを潜めたラルケに視線を移す。


「ラルケ、今までステファニーに発破をかけ続けて悪かったよ。だからそんな目で見るの止めてくれる?」
「……悪魔だ。そうやって甘言で人を付け上がらせ、後からそれが落ちていく様を眺めるのが楽しい悪魔」
「それについては俺も同意するところはあるけどよ」


 アーミラにも同意された努はやるせなく天井を仰ぐ。


「はぁーあ。ラルケも早く堕ちないかなー」
「……ツトム様は悪魔なんかではありません。私の師ですよ?」


 涙を拭き終わったステファニーは心外なと言わんばかりにそう言って、そんな努の腕を取って組んだ。そして露骨に身を寄せてきたステファニーを努は歯が抜けたような顔で見下ろすと、彼女は楽しげに言葉を返す。


「師にはこれが一番だと伺いましたので」
「ステファニー、お前もか」
「まぁ! うふふふふっ」


 勘弁してくれといった師の顔で満足したのか、ステファニーは可憐に笑いながら身体を離した。そんな二人を前に置いてきぼりのホムラはジト目で努を睨む。


「白昼堂々女といちゃついて楽しそーだねー……」
「涙拭きなよ、ガルム以下の人」
「そういえばそうだな」
「……ふーん」


 以前は花を持たせてくれたガルムに今度は見下される形となったホムラは、少しうずっとしたものを感じながらも平静を留めた。


「それじゃ、僕は帰るよ」
「あら。よければロレーナたちが帰ってくるまで観戦でもどうかと思ったのですが」
「そもそも僕、ここ出禁にされてるからね」
「あぁ、そういえばそうでしたわね。……ラルケ。ツトム様はそれなのにわざわざここまで来ていらっしゃったのですよ? これを愛と言わず何なのですか?」
「ステファニーにどうしてもお疲れ様って言い返したかっただけだけどね」
「……やっぱり人が落ちるのが見たい悪魔じゃないですか」
「返済の時は近いぞ、ラルケ。はっはっはっはっ……」


 最後に悪役じみた低い笑い声を発しながら、途中でカミーユが帰ってくるのも気まずいので努は早々に退散した。

 コメント
  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 5:51 PM

    綺麗に終わったね!
    そしてホムラが精神的にもM気質を開花しそうになってて草

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 5:59 PM

    努と話す時に狂気もない和やかなステファニーってマジで初期ファニー以来じゃないか?

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:01 PM

    穏やかに終わったな。ツトムも別に荒立て訳ではないからなー……あっち側が勝っていたら、吊し上げに来てたって思うと物足りないかもだけど。

    ホムラいいな。こういうドM娘は欲しい人材だわ。
    3群どころか4群も作って欲しいね。

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:01 PM

    ハンナのファインプレー、いやぱいんプレーだな

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:01 PM

    もうこれで終わってもいいぐらいの大団円というか満足感。
    いや実際に終わられたら悲しいけど。

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:03 PM

    師の実力(ヤマ勘と偶然が重なってギミック発見)
    しのじつりょくすげー!

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:04 PM

    これはヒロイン全員胸押し当て事案

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:04 PM

    ホムラさんマゾってるのかイラっとしてるのか分っかんねぇな

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:06 PM

    更新大感謝!!です!
    ステフの様子にほんわかしました。ディニちゃんも戻ってくるし、楽しみだなぁ。暗闇を消すギミックはその内バレそうだけど、それでも数戦は苦戦しそうな気もしますね。いつ他のパーティーも突破できるのか楽しみです。

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:06 PM

    周りに大勢人がいて記者も紛れてる場所でいちゃつくなしw
    明日の新聞が楽しみだなあ
    そうやって落として上げるからツトムはタチが悪い、ステファニーが離れられないじゃん。まあディニエルが戻れば帰還前のメンバーがやっと揃うし、新規募集も前向きみたいだからこっちも楽しみだ

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:08 PM

    負けるのは我慢ならないけど引退してライバルが居なくなるのは悲しいもんなぁ…
    潰したいわけじゃ無いんだよな

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:08 PM

    ん〜キャラは皆可愛いがね?
    ツトムは結局ステフに甘すぎるなぁ。いやこれ以上言葉責めしても泣く時間増えるだけで終わりそうだし、可能な限り仲良くはすべきだけど…
    他の最前線組の反応が気になりすぎるな。負け惜しみが見て〜

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:09 PM

    久々にステファニーが救われた気がした
    いやー良かったッス。他の弟子の反応が楽しみッスね

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:09 PM

    多分マゾってんね。ガルム超イケメンだし

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:09 PM

    ホムラサンも、ヒールくらえばイチコロのくせに(ボソッ)

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:14 PM

    一年以上引っ張ったわりにどっちつかずのしょうもないオチだったな
    強引すぎるめでたしめでたしで今までのはなんだったんだ?
    まあいいんじゃない?この作品らしくて
    中途半端な作品には中途半端なオチ。まさしくライブダンジョン!お似合いだよ

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:15 PM

    は〜やっぱ女がツトムとイチャつく回は面白いわね〜
    ステファニーもとち狂った言動と探索者舐める気配がないことを除けば嫁候補なれるのに…もっと色気出していけ〜?

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:17 PM

    ステフには散々発破かけたからね…飴は大事
    前回もだけれどこれで色々浄化されるのかな?
    しかしラルケは恩知らずでしかないなぁ…努のせいで落ちたわけじゃないだろうに

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:17 PM

    更新ありがとうございます!
    一段落つきましたねぇ!終始ニヤニヤして見ちゃったw
    ユニス、ロレーナの反応は?
    181層以降の攻略は?
    そろそろロイド組も動くかな?
    次の展開も楽しみだー!

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:17 PM

    これ以上のザマァも期待できなさそうだし、ようやくスパッと引退できます!ありがとうございます!
    信者の嫌なら読むな発言にようやく応えられる
    完結まで頑張ってください。自分以外の誰かしらは応援してると思うので

  • ヨネ より: 2025/10/23(木) 6:18 PM

    綺麗なステファニーが久しぶりに見れたww

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:18 PM

    ディニエルが無限の輪に出戻ってきたらどうなると思う?
    そう、3軍募集の告知が始まる

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:20 PM

    更新ありがとうございます!
    ハンナの好意が見える無意識的行動好き
    無事に煽れてよかったよかった

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:21 PM

    次の日
    ユニス「ゴガギーン、ドッカン、ドッカン」
    ロレーナ「おらっ!出てこいツトムー!」

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:22 PM

    初期ステファニー、お前まだ生きとったんか!?

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:23 PM

    更新ありがとうございます
    やっぱ努はただの追随だけよりも
    負けじと競ったりするぐらいのノリが好みか
    ビットマンとガルムが視線だけで理解して讃え合ってる?のに
    他は煽らずにはいられなかったり乳をもごうとする
    ほどよいギスりぐあいがとても好き

    前話から、今話でのステファニーの反応がどうなるか怖かったが
    反骨心を抱いたり病まずにひとり立ちするくらいに
    ステファニーも成長?してたんや…ホラーが起こらず良かった…

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:27 PM

    健気なおばあちゃんは沸点低くて草

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:28 PM

    ディニ婆さん帰ってきたら
    「おかえり」の代わりに「でもどり」
    って声を掛けよう

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:28 PM

    思ったより大分良い雰囲気でにやけちゃう。
    ディニちゃん頑張れ!

  • 匿名 より: 2025/10/23(木) 6:29 PM

    更新ありがとうございます!
    無事に煽れて、ハンナのあとにステフもだと…?
    なんだ、ただの最高か

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