第450話 世話焼きリーレイア

 

「クビ……っすか?」
「うん、護衛はクビ。クランメンバーとしては引き続きよろしく」


 単純な力量では下であるドーレン工房の職人にレベルマウントを取って焚き付けるところまではよかったものの、思わぬハンナの輩ムーブのせいでオルファンの二軍PTとの明確な確執も出来てしまったことはあまりよろしくない。この調子では無用な敵を延々と作りかねないため、努は護衛としてのハンナを首にした。


「護衛費用を削減した時に限って盗賊に襲われる、なんて話は商人たちからよく聞きましたが、貴方はその典型ですね。質の悪い傭兵に護衛を頼めば問題の一つや二つ起きるのは想像できるでしょうに」
「ハンナはいつも僕の予想の斜め上を行くからね。まさかあんなに喧嘩を吹っ掛けるとは思わなかったんだよ。……魔流の拳を対人でも試したかったのかな?」
「師匠に似てきただけではないですか?」


 こういった類の皮肉こそたっぷりと言われたものの、リーレイアは急遽であるにもかかわらず護衛を引き受けてはくれた。


「それなら三年前から変わってるはずでしょ。むしろここ三年で変わったと思うんだけど、何か心当たりでも?」
「さぁ、どうでしょうね。あのメルチョーから直々に厳しく鍛えられたのですから、その時に歪んでしまったのでは?」


 そんな彼女は以前に増して氷柱のように鋭く冷めた視線を屋台の影に向けた。その先には見覚えのある青い翼がひょっこり隠れきれず見えている。


「師匠が馬鹿にされたことを許せず力を振るう弟子。素晴らしい師弟愛ではありませんか。そもそも、その師匠があまりに情けないことが原因では?」
「結構良いペースで百十階層攻略したと思うんだけどね」
「それも九割がたハンナとクロアの手柄だと報じられていましたが?」
「進化ジョブの白魔導士として最低限の仕事はしたよ。そもそも足手纏い入りの三人PTであっさり攻略できるなら、もっと攻略されてるでしょ」
「信じられませんね。なにせ私は神台を見ていませんので。……そういえば、そんな私たちを薄情者扱いしていた迷宮マニアもいましたね。私たちはクランリーダーの意向を尊重して断腸の思いでダンジョンに潜っていたというのに、酷い言い草だとは思いませんか?」


 業務用の笑顔と泣き顔を切り貼りしながらそう嘆くリーレイアに、努は微妙な顔をしたまま尋ねる。


「……それ、記事にはなってないよね?」
「えぇ。ギルドで小耳に挟んだ程度ですが」
「それならクランリーダーの意向は表向きにも伝えておいた方がよさそうだね」
「そうして下さると助かります。不愉快ですので」


 そう言い捨てたリーレイアはすんといつものような真顔に戻った。それからしばらく彼女との会話もないまま神台を巡り、努は明日から潜る百十一階層――装備階層と呼ばれているダンジョンの下見をして必要になりそうなものの確認と攻略法について再考していた。

 百二十階層まで続く装備階層は、刻印階層で培った技術を発揮して下さいと言わんばかりの場所である。PTメンバーや技術よりも装備による対策が必須のモンスターがほとんどで、階層主も現場での刻印が出来ることが前提に作られているように見えた。


(刻印階層からの装備階層の流れで需要が高まって生産職のレベルは自然と上がっただろうし、実際中古の装備も僕が刻印しなくてもいいくらいには出揃ってる。そこまでいけば運営の意図通りレベルの成長も実感できて生産職もレベル万々歳になりそうなもんだけど、実際は最高で五十レベル止まり。流石の神運営もこれには困惑ってところだろうな)


 神台市場を見回っても装備階層の対策装備は大量に作られていた形跡があり、そのため価格もリーズナブルなものが多い。ここまで作っていれば大抵の生産職は30レベルほどまでは自然と上がっているだろうし、その中でも階層に組み込まれるくらいには優遇されている刻印なら40までいってもおかしくはない。それなのになぜ百六十階層まできて50レベル止まりなのか。

 一般的な職人たちがレベル上げを止めてしまったのは、迷宮都市の中で最も大口であるアルドレットクロウからの圧力を避けるためだろう。だがアルドレットクロウがわざわざ圧力をかけてまで生産職のレベル上げを抑圧する理由がいまいちわからない。

 昔ながらな職人の長い経歴による既得権益、突然設けられたレベル制に対する不満、周囲のレベルを制限することでアルドレットクロウの職人たちを常に最高レベルにして利益を独占する。理由は一つだけではないにせよ、それでもここまでするかというのが努の正直な感想だ。そもそもアルドレットクロウほどの大手クランならわざわざ制限しなくともトップを維持できそうなもので、実際一番台も取っている。


(もしかしたら、僕には想像もできない事情があるのかもしれないな。今やバーベンベルク家より迷宮都市で存在感あるし)


 ただでさえ大きいアルドレットクロウはその取引先から探索者以外の雇用者まで含めると、もはや迷宮都市になくてはならない存在にまで格上げされている。そんな大きさだからこそ守らなければならないものも多くある。だから自分には想像もできない崇高な考えを以て、生産職のレベルを統制しているのかもしれない。


(まぁ、僕の知ったことじゃないけど)


 だがどんな崇高な理由があろうとも努は刻印のレベルを上げることを止められない。そもそも百一階層から百二十階層まで見るに、刻印は明らかに運営から優遇されている要素の一つだ。それに『ライブダンジョン!』の廃人だった努が手を付けないわけがない。


「……本当に何処でも刻印はするのですね。貴方の行動もハンナと同様に、生産職へ喧嘩を売っているようにしか思えませんが」
「別に生産職自体は怖くないからね。生産職に雇われる高レベルの探索者が怖いだけで、それはリーレイアに任せるし」
「とはいえわざわざ睡眠時間まで削って夜中にギルドでも刻印していると聞き及んでいますし、問題が起こる可能性のある場所でする必要はないのでは? それに、そもそも睡眠時間を削ることも推奨しません」
「それはごもっともな意見だし賛成もするけど、僕が寝てる間に誰かが刻印してレベル上げてると思うとどうしても目が覚めちゃうんだよね。だから無理してやってるわけでもないし、むしろ楽しいというか……」


 努からすれば刻印は『ライブダンジョン!』でいうところの実装したばかりの新要素のようなものなので、自然と眠りすら浅くなってしまい目が冴えてしまう。その代わりにちょっとした空き時間に仮眠して補填してはいるので、多少の眠気はあれどそれで探索のパフォーマンスまで落とすようなことはしていない。

 ただ、今はとにかく刻印のレベルを上げることが楽しくて仕方がない。神の意図すら外れている迷宮都市の環境をハックしているような高揚感があり、眠気などすっ飛ぶ。今もこうして刻印をしている瞬間に優越感すらあり、周囲からの厳しい目線すら一種のスパイスになっている。

 ただ会話中にスマホでも弄られているかのような不快感が滲み始めたリーレイアを見て、努は慌てて刻印する手を止めて装備をしまい彼女と目を合わせた。


「確かに刻印する時と場所は選ぶべきだとは思うよ。例えば皆で集まってる朝食中とかは出来るだけやらないようにしてるし、暇だったとはいえ探索中にずーっとやるのも駄目だったなってことはハンナから学んだよ。ちょっと悪いことしちゃったし、明日にでも謝らないと」


 刻印階層ではダンジョン内でなら無限に使える刻印油を前に脳汁が溢れていたので、努は効率に取り憑かれて狂ったように刻印をしていた。ただそれは友人が隣にいる手前で会話もせずにスマホゲームばかりしているようなもので、このままいくとハンナが拗ねるどころでは収まらなくなると感じた。

 なので努は探索中や隙間時間に刻印することを控え、ここ数日は探索を終えた夜に安全なギルドで纏めて刻印のノルマを済ませていた。その話し声はストーキングしていた青い鳥人にも伝わったのか、翼がわさわさしている。


「だけど、知りもしない生産職にまで気を遣って刻印を控えることはないよ。それを言うならリーレイアもそんなに強いの他の探索者からすれば迷惑だから、朝練止めてくれない?」
「私はそんなふざけたことをのたまってくる探索者は自分で受けて立ちますが、貴方は違います」
「だから弱者は何もせず黙ってろってこと?」
「その先にやるべきことがあるということでしょう。……確かに、百十階層の攻略は見事でした。ですが、刻印にかまけていなければあのような記事を書かれずに済みましたし、もっと大きな成果も出せていたはずです」
「そこまで大きな期待をかけられていることは嬉しいけど、僕はリーレイアの思い描いてる理想の過程と成果なんて出せないよ。成果の大きさは越えられるように頑張るけど」
「……別に期待はしていませんよ。強いて言えば、わざわざ変な道を行く探索者を見て歯がゆいといったところでしょうか」


 少しおどけた様子でそう言いながら頭を掻く努に、リーレイアはそう評して視線を逸らした。

 コメント
  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 5:54 PM

    更新ありがとうございます
    アルドレットクロウの圧力は何だろう?
    単純に油の供給かな?
    番外編でステファニーが愚痴ってたし、派閥争いもあって一丸として動けないのが問題?

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 5:57 PM

    リーレイアたんのレズっぷりは何処に消えたの?

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 7:01 PM

    エイミーきたらリーレイアさん護衛に呼ばれなくなっちゃいそうだけど話すきっかけに今回は良かったのではないでしょうか

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 7:31 PM

    リーレイア デレてるよね…

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 7:47 PM

    エルフのおばあさんがぶっちぎりなので、50キャップはありえないねw

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 8:23 PM

    更新おつかれさまです。
    ストーキングしてる青い鳥人でクスっとした

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 8:24 PM

    訓練を積んだ戦闘の上手な貴族の騎士よりも、レベルを上げたステータスの高い探索者が強くなった。そんな変遷の当事者だった古株のアルドレットクロウは秘密裏にでも高レベル生産職を作っていそう。

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 8:59 PM

    >守りの薬屋の例
    そうなると、やっぱ単純に回数っぽいな(云百年分毎日生産の経験値なんてそうそう覆せないし
    若干高難度の生産だと経験値がおいしいとかは有りそうだけど
    石化回復ポーションもその手の類っぽいし

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 9:16 PM

    ハンナは相変わらず可愛いなぁ

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 9:17 PM

    レベルに制限が付くなら
    エルフのお婆さんや
    ドーレンさんが
    本職の上限を解放してる
    と仮定すれば制限の解放の
    条件は例えば鍛冶師なら
    武器の作成なら装備も作るとか
    刻印装備だけで無く
    刻印を武器に施す事かな?
    ポーションなら回復だけで無く
    状態異常の解除系を作るとか?

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 9:43 PM

    アルドレッドクロウは職人の数も多いから、全員がレべリングできるだけの素材を確保しようとするとマジで探索が滞ると見た。レベルが上がれば上がるほど必要経験値が増えて消費する素材の量も増えるだろうし。
    優先順位つけようとしたらそれはそれで揉めてどうにもならなくなった結果、素材は少しずつ確保し、全員がゆっくりレベル上げをして、他所には追いつかれないように圧力って感じになってると予想。

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 9:51 PM

    リーレイアなんだかんだ努に護衛頼まれて嬉しいんだろうなぁ…可愛いw
    スネてたハンナがついてきてるのも可愛いし刻印の話進展あって楽しいです努がんば~

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 11:39 PM

    更新待ってました。
    刻印が後々どれ程影響するだろうと想像するだけで楽しみです。努の評価が覆る瞬間を楽しみに待っています

  • 匿名 より: 2020/10/20(火) 11:40 PM

    割と読んで無いのか、忘れちゃったのか知らんが、内容に突っ込みたい人は、本当にそうか読み返したほうがいいぞ。ちょいちょいお門違いなこと言っとる。

    新階層楽しみ!リーレイアヒロイン力たかい

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 12:31 AM

    エルフのおばあさんはレベル上げてるんだろうか。
    努とそのあたりどうせっしてるんだろ。

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 12:43 AM

    この世界で製作者の意図を汲めよ!って言ったら、背教者扱いされるんだろうなぁ。
    ただ、刻印装備前提のダンジョン設計とかを考えれば、普通に説得できそうなんだけども……頭固いとかってレベルじゃねーぞ

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 1:52 AM

    いやあのおばあさんならほかのダンジョンで実績解除してたりするかもしれないからあり得ないってほどじゃないな、薬師と鍛冶師じゃ条件同じかもわからんし

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 3:28 AM

    薬屋の婆さんが昔強い弓士だった可能性。

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 4:33 AM

    刻印のような新技術分野なら、成果の向上がレベル上昇によるものなのか、
    PS向上によるものなのか判別しにくいのは分かります。

    でも鍛冶屋のように、PS上昇が殆ど起きなくなる熟練者が元々沢山いる分野では、
    レベル上昇による恩恵が本当に有意なものなら、
    長らく微々たるものしか実感できなかった向上がレベル導入を境にモリモリ起こるわけで、
    現状の設定で軽んじるような流れは、現地人が頭が悪すぎる系、の話になっていで残念です。
    盾、回復役軽視の際の、ヒールを飛ばせる概念の有無、のような説得力が欲しい所。

  • tap より: 2020/10/21(水) 5:15 AM

    ステフ回で「今まで生産者として仕事してたから探索のレベル上がらなくてつれーわー、というわけで刻印油取ってこいや」ってトップチームに油取りさせてる場面があったから多分メイン上限が上がらないとサブの上限も上がらないのかと。(現状トップの)ドーレンさんもわざわざ忙しいのにメインレベル上げてまで赤竜突破してないからメインレベルと同じ50で止まってる可能性もある。

    で、ツトムの刻印が明らかにおかしいことにステフが気付いてアルドレの生産者にぶちギレムーブかますとこまで夢想した。

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 6:36 AM

    刻印の話長すぎるしストーリーは同じ所をループしている気がする

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 8:52 AM

    長い間技術を磨く事だけに励んできた職人がいきなり出てきたレベル制を受け入れられる訳がない
    レベル制自体を嫌悪しててもおかしくない
    仮に設定が変わって探索者もレベルが全てになってしまいPS全くいらなくなった時
    今迄必死にPS磨いてきた探索者たちは受け入れられないだろ
    特に努とか

  • 灰腕 より: 2020/10/21(水) 9:10 AM

    生産職のレベル上限も、戦闘職と同じで階層更新数とか?
    50レベルまでなら30階層の女王蜘蛛倒せばいけるし
    100レベル超えがゴロゴロいるから表ダンジョンなら簡単にキャリーできそうだし違うっぽい?
    そこも生産職がなんかしてるとかか?

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 9:23 AM

    生産だけ仕事だけでレベル上がるようにしてるのに、レベルキャップに探索を必要にしたら本末転倒
    神は自分の予定外は直すぞ
    生産だけで外れないレベルキャップ気付かないで放置は神が間抜けすぎてないわ…
    それにアルドレットクロウが全員、同程度のレベルキャップで詰まる雑魚ってのも無理があるんだよ
    だから必然、単純にレベル上げしていないか、本当のレベルを隠しているってことになるんだよ
    50レベル丁度ではないんだよ?

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 10:13 AM

    森の薬屋のおばあさんは一日一回作るだけで補充しないから、
    多分都市の生産職で最も経験値稼ぎから遠い人じゃないかな。
    勿論その一回の難易度が高いから、絶対値としては低くはないだろうけど、
    努の推奨する経験値稼ぎとは逆だろな。
    メルチョーのレベルが低かったことから、レベル導入以前の経験は関係ないみたいだし、
    レベル40~50ぐらいが妥当なんじゃないかと思うけど、まあヒロイン補正だろう。

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 11:52 AM

    最新話でも相変わらずの努に安心感を覚えますね!
    生産職や周りをアッと言わせるのが楽しみですね。

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 12:16 PM

    90F100Fの糞ボスのせいで戦闘ニートな職人を刻印階層まで連れてくるのも難しいしな…

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 1:48 PM

    薬屋の婆さんが昔強い弓士だった可能性。>

    昔は通常迷宮で暴れてた見たいですよ

  • Liveファン10ki より: 2020/10/21(水) 2:24 PM

    更新お疲れ様です!
    いつも楽しく読ませて頂いてます。
    今、努だけが刻印に関して誰にも評価されず (私見:エイミーとガルム以外。あまり登場してないけど2人は努のやることならって感じで信じてそう)、寧ろ批判されたりしている中で、それでも信念を持って努力をコツコツ積み重ねている状況は見ていてジワジワときます。彼の努力(レベリング)の成果が(無視出来ない)何か見える形として出た時に、周りがどんな反応をするのか楽しみです、それを想像するとさらに優越感みたいなものがジワジワ込み上げてきます。

  • 匿名 より: 2020/10/21(水) 3:10 PM

    薬屋のおばあさんは弓使えるし昔戦場でポーション作ったりしてたけど、神のダンジョンには入ってないから探索者レベル1だよ
    あと何百年ポーション作ってようとカンストでレベル止まっちゃうからレベル追いつくのは簡単だよ
    他の職人がレベル低いのはレベリングしてないだけだし、レベリングしてないのに50レベルな時点で経験値テーブルがたいしてキツくないことが分かる

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