第707話 絶滅危惧種
リーレイアの乱入で精霊祭の準備が巻いた努は14時キッカリにギルドへと到着したが、ガルムたちは言いつけ通り16時まで金策の探索をしていた。なので彼はそのまま共同戦線メンバーのリーレイアに連行され、アルドレットクロウの会議室へと乱入する羽目になっていた。
(これが殺気か。僕でもわかるぞ)
そんな招かれざる客を前に、アルドレットクロウの一軍であるステファニーは辛辣な物言いをぶつけた後も視線を逸らしたままだ。その信者である大剣士のラルケは敵意丸出しの目で睨みつけ、ディニエルは線のように細めた目から無機質な瞳を覗かせる。
カムホム兄妹はまさに対極の視線だ。カムラは妹の仇でも見るような目付きであり、逆にホムラは意中の人とばったり会ったかのように表情をパッと明るくしていた。その他のセレン、ソーヴァ、ビットマンなどは淡々としていたが、ルークだけは小さな身体を弾ませている。
「枯れ木に唾をかけても無駄だと思うけど」
そんな視線でめった刺しにされている努に皮肉めいた忠言をしたのは、先ほど緑の竜人から当て擦りされたディニエルだった。
もう無限の輪に帰ってくることは既定路線となったが、そのクランリーダーが黒い枯れ木に粉をかけているという噂はエルフの彼女からすればあまり面白いものではない。
「まだまだ現役でしょ、クリスティア」
「……白魔導士に私が負けるとでも?」
「実際強くない? 白魔導士の進化ジョブステータスから繰り出されるえげつない射撃。それにヒーラーも普通に出来そうだし、僕からすれば精神力消費なしで火力出すんじゃねぇよって感じ」
「なら爪弾きになるのはツトムの方」
「その時は3PT目作って誤魔化すよ」
そのついでに幽冥、森の薬屋のエルフたちも無限の輪に入ればエルフダークエルフ編成も夢ではない。神竜人なりユニークスキルなりのドリームPTを妄想しがちな努を前に、ディニエルは無表情のまま眉だけをぴくりと上げた。
「で? 枯れ木に唾をつけた言い訳のためだけに貴方はここに来たわけ?」
「まぁね。ディニエルが帰ってきた時にダークエルフに浮気だなんだでトラブるのも面倒だし、報告くらいはしておこうと思って」
「…………」
「……いや、実際そうなんだよ? リーレイアに無理やり連れてこられただけだからね」
丸っきり信じていなさそうな目をしているディニエルに努がそう弁明していると、リーレイアは心外なと眉を吊り上げた。
「アルドレットクロウ側からツトムのPTは共同戦線に参加しないのかと圧はかけられていましたからね。脈はなさそうですが、念のため本人に聞いた方がよいと判断してのことです」
「なるほど。悪いけど僕は参加する気ないね」
「別にそれでも構いませんが、ツトムのPT単体で共同戦線を組んでいる私たちに勝てるとお思いで?」
「まぁね。とはいえ、180階層の攻略始まって一ヶ月で他のPTと組まれるとは思ってなかったけど。それで僕に勝ったと恥ずかしげもなく言えるものなのかね?」
そんな努の疑問にステファニーは一瞥すらくれずに鼻で笑う。
「最前線組が帝都から帰ってきた時点で状況は変わりました。180階層まで辿り着いたPTがこれほどまでに増えれば、否が応でも複数のPTが共同戦線を組んでの攻略は始まります。貴方との勝負に勝とうが負けようが、その間に他のPTに先を越されて180階層を突破されては本末転倒ですわ。沈むならどうぞお一人で勝手に沈んで下さいませ」
「成長したもんだね。前なら一緒に沈んでも構わないとか言ってきそうなのに」
「ねー?」
「…………」
また一人だけ努に擦り寄る相槌を打ったルークは、ステファニーからの底冷えた視線をもらいわざとらしく口をつぐんだ。
「貴方は周囲の弱者を切り捨てたとでも思っているのでしょうが、ただ孤立しているだけですわ。ギルド長からも見放された貴方には、もう誰も付いていかない。そして最後の機会すらも自分の足で踏みにじった」
「人の目を見て話しましょうって習わなかった?」
「……今の貴方を見て何になりますか? 八つ当たりで誰彼構わず遠ざけ、ついには見放されたことにも気付かない哀れな人」
「雑魚は大変だね。群れなきゃ生き残れもしない」
そんな努の言葉にステファニーの足元を回っていたスキルは掻き消え、アルドレットクロウのクランメンバーである一部は殺気立つ。
その一方ダリルとコリナは出た出たと言わんばかりの顔をして、ゼノとクロアは盛大な苦笑いを零した。その剣呑な会話にリーレイアも首筋の鱗を掻きながら言葉を付け加える。
「最前線組はぬるま湯などと貴方が啖呵を切ったのです。自分が間違っていたと床に手をついて詫びるのなら共同戦線に入れてあげてもよいと思っていたのですが、意思は変わらないようですね」
「お気遣い痛み入るなぁ」
「とんでもない。世話になったステファニーへの手向けに過ぎませんよ」
ディニエルへの当て付けに加えて努への意趣返しにも余念がない緑の毒蛇を前に、彼は思わず感心の声を漏らす。するとゼノも含み笑いを漏らして堂々と胸を張る。
「私たちも160階層では長いことステファニー君たちと共同戦線を組んでいたからね! それと同じことを今もしているだけさ。まさか、卑怯とは言うまいね?」
「それは確かに。僕からすれば風情がないなとは思うけど、卑怯とまでは言えないね」
「風情か。負けた言い訳にでもするといい」
「私は風情も嫌いじゃないよー? 男なら正々堂々戦えってね」
そこに口を挟んだのは面の良さが憎しみの表情で台無しになカムラである。そんな兄に対して東洋的な顔つきで前髪をぱっつんにしているホムラはそう援護した。
「それじゃ、邪魔して悪かったね。文句はリーレイアに言ってくれ」
「さようなら」
そう言い残して会議室を早々に出ていった努の後ろ姿を、ステファニーはようやく見つめて見送った。それだけでもステファニーの心がふつふつと沸き立ち、桃色の髪が怒りでざわつく。
「……ヒール」
「こら、脳ヒールするな」
「あちらがやるなら、こちらもやるしかないでしょう!?」
「乗るな乗るな」
絶対に勝つ。そのためには脳ヒールも辞さない決意をして目をかっぴらいているステファニーに対して、ディニエルはそう忠言しマネージャーに彼女を徹底監視するよう厳命した。
ユニスもまだチャンスはあると思う。帝階層の刻印油は供給過多で値崩れしているから、この機会を活かして刻印レベルを上げて、180ボスに有効な新刻印を得ようとしているにではないかと推察している